ばく さいとう ほ く 天童。 高額納税者(作家部門)

宮脇医院

ばく さいとう ほ く 天童

夜 船 閑 話 夜 船 閑 話 序 窮 乏 庵 主 饑 凍 選 寶暦丁丑 (ていちう) の春長安の書肆 (しよし) 松月堂何某 (なにがし) とかや聞えし、遠く草書を裁 (さい) して吾が鵠林 (こふりん) 近侍の左右に寄せて云 (いは) く、伏して承る、老師の古紙堆 (こしたい) 中、夜船閑話 (やせんかんな) とかや云へる草稿あり、書中多く氣を錬り精を養ひ、人の營衞 (えいゑ) をして充たしめ、專 (もつぱ) ら長生久視 (ちやうせいきうし) の秘訣を聚 (あつ) む、謂はゆる神仙錬丹 (しんせんれんたん) の至要 (しえう) なりと。 是の故に世の好事 (かうず) の君子是 (こ) れを思ふ事、荒旱 (くわうかん) の雲霓 (うんげい) の如し。 偶々 (たまたま) 雲水の徒侶 (とりよ) 竊 (ひそか) に轉寫し來 (きた) るあるも、祕重し珍藏して人をして見せしめず。 天瓢 (てんぺう) 空しく櫃 (ひつ) にをさめて匿 (かく) したるが如し。 願くは是れを梓 (し) に壽 (いのちなが) ふして、以て其 (そ) の渇 (かつ) を慰 (ゐ) せん。 聞く、老師常に人を利するを以て老後を樂しみたまふと。 若 (も) し夫 (そ) れ人に利あらば、師豈 (あ) に是れを吝 (をし) みたまはんやと。 二虎 (にこ) 含み來 (きた) つて師に呈す。 師微々 (びび) として笑ふ。 此 (こゝ) において諸子舊書櫃 (きうしよき) を開けば、草稿蠹魚 (とぎよ) の腹中に葬らるゝもの中葉 (なかば) に過ぎたり。 諸子即ち訂正傳寫して既に五十來紙 (らいし) を見る。 即ち封裹 (ふうくわ) して以て京師 (けいし) に寄せんとす。 予が馬齒 (ばし) 一日 (いちじつ) も諸子に長 (ちやう) たるを以て、其の端由 (たんゆ) を書せん事を責む。 予も亦辭せずして書す。 云 (いは) く、師鵠林 (こふりん) に住する事大凡 (おほよそ) 四十年、鉢嚢 (はつなう) を掛けしより以來 (このかた) 、雲水參玄 (うんすゐさんげん) の布衲子 (ふのつす) 、纔 (わづ) かに門閫 (もんこん) に跨 (またが) れば、師の毒涎 (どくぜん) を甘 (あま) ない、通棒を滋 (うま) しとして、辭し去る事を怠 (わす) るゝ者、或は十年、或は二十年、鵠林々下の塵となる事も、亦總 (そう) に顧みざる底 (てい) あり。 盡 (ことごと) く是れ叢林 (そうりん) の頭角 (づかく) 、四方 (しはう) の精英なり。 各々 (おのおの) 西東 (さいとう) 五六里が間 (あひだ) に分れて、舊舎廢宅、老院破廟 (はべう) 、借りて以て菴居 (あんきよ) の處として淸苦 (せいく) す。 朝艱暮辛 (てうかんぼしん) 、晝餒夜凍 (ちうたいやとう) 、口に投ずる者は菜葉麥麩 (さいえふばくふ) 、耳に觸るゝ者は熱喝垢罵 (ねつかつくめ) 、骨に徹する者は嗔拳痛棒 (しんけんつうぼう) 、見る者顙 (ひたひ) を攅 (あつ) め、聞く者肌 (はだへ) に汗す。 鬼神 (きじん) もまた涙を浮べつべく、魔外 (まげ) もまた掌 (たなごゝろ) を合せつべし。 其の初め來 (きた) る時は、宋玉 (そうぎよく) 、何晏 (かあん) が美貌有りて、肌膚 (きふ) 光澤凝 (こ) れる膏 (あぶら) の如くなる者も、久しからずして、恰 (あたか) も杜甫、賈島 (かとう) が形容杜槁 (けいようこかう) 、顔色憔悴 (がんしよくせうすゐ) するが如く、或は屈子 (くつし) に澤畔 (たくはん) に逢ふが如し。 參玄軀命 (さんげんくみやう) を顧みざる底 (てい) の勇猛の上士 (じやうし) にあらざるよりんば、何の樂 (たのし) み有りてか、片時 (へんじ) も湊泊 (そうはく) する事を得んや。 是の故に、往々に參窮 (さんきゆう) 度に過ぎ、淸苦 (せいく)節 を失する族 (やから) は、肺金 (はいきん) いたみかじけ、水分枯渇して、疝癖塊痛 (せんぺきくわいつう) 、難治の重症を發せんとす。 是れを憐み是れを愁ひて、師不豫の色有る者連日、乍 (たちま) ち忍俊 (にんしゆん) 不禁にして、雲頭を按下 (あんげ) し、老婆の臭乳 (しうにう) を絞つて、是れに授くるに内觀の秘訣を以てす。 乃 (すなは) ち云 (いは) く、若 (も) し是れ參禪辨道の上士 (じやうし) 、心火 (しんくわ) 逆上し、身心勞疲し、五内 (ごない) 調和せざる事あらんに、鍼灸藥 (しん・きう・やく) の三つを以て是れを治 (ぢ) せんと欲せば、縱 (たと) ひ華陀扁倉 (くわだ・へん・さう) と云へども、輙 (たやす) く救ひ得 (う) る事能はじ。 我に仙人還丹 (せんにんげんたん) の秘訣あり、儞 (なんぢ) が輩 (ともがら) 試 (こゝろみ) に是れを修せよ、奇功を見る事、雲霧を披 (ひら) きて皎日 (かうじつ) を見るが如けん。 若し此の秘要 (ひえう) を修せんと欲せば、且 (しば) らく工夫を抛下 (はうげ) し、話頭を拈放 (ねんはう) して、先づ須 (すべか) らく熟睡一覺すべし。 其の未だ睡りにつかず、眼( まなこ) を合せざる以前に向 (むか) つて、長く兩脚 (りやうきやく) を展 (の) べ、強く踏みそろへ、一身の元氣をして、臍輪氣海丹田腰脚足心 (さいりん・きかい・たんでん・えうきやく・そくしん) の間 (あひだ) に充たしめ、時々 (じゞ) に此の觀を成すべし。 我が此の氣海丹田腰脚足心、總 (そう) に是れ我が本來の面目 (めんもく) 、面目何の鼻孔 (びこう) かある。 我が此の氣海丹田、總に是れ我が本分の家郷、家郷何の消息かある。 我が此の氣海丹田、總に是れ我が唯心 (ゆゐしん) の淨土、淨土何の莊嚴 (しやうごん) かある。 我が此の氣海丹田、總に是れ我が己心 (こしん) の彌陀 (みだ) 、彌佗何の法をか説くと、打返し打返し常に斯 (かく) の如く妄想 (まうざう) すべし。 妄想の功果 (こうくわ) 積らば、一身の元氣いつしか腰脚足心の間に充足して、臍下瓠然 (こぜん) たる事、未だ篠打 (しのうち) せざる鞠 (まり) の如 (ごと) けん。 恁麼 (いんも) に單々に妄想 (まうざう) し將 (も) ち去つて、五日 (じつ) 七日 (じつ) 乃至二三七日 (じつ) を經たらむに、從前の五積六聚 (ごしやくろくじゆ) 氣虚 (ききよ) 勞役 (らうえき) 等の諸症、底 (そこ) を拂つて平癒せずんば、老僧が頭 (かうべ) を切り將 (も) ち去れ。 此 (こゝ) に於て、諸子歡喜作禮 (くわんきさらい) して密々 (みつみつ) に精修す。 各々悉 (ことごと) く不思議の奇功を見る。 功の遲速は、進修の精麤 (せいそ) に依るといへども、大半 (たいはん) 皆全快す。 各々内觀の奇功を讃嘆して休 (や) まず。 師の曰く、儞 (なんぢ) が輩 (ともがら) 、心病全快を得て以て足れりとする事勿 (なか) れ。 轉 (うた) た治 (ぢ) せば轉 (うた) た參ぜよ。 轉 (うた) た悟らば轉 (うた) た進め。 老僧初め參學の時、難治の重病を發して、其の憂苦、諸子に十倍せり。 進退惟 (これ) 谷 (きは) まる。 尋常 (つねに) 心にひそかに思惟 (しゆゐ) すらく、生きて此の憂愁に沈まんよりは、如 (し) かじ早く此の革嚢 (かくなう) を捨てんにはと。 何の幸 (さひはひ) ぞや、此の内觀の秘訣をつたへて全快を得 (う) る事、今の諸子の如くならむとは。 至人 (しいじん) の云 (いは) く、此は是れ神仙長生不死の神術なり。 中下 (ちゆうげ) は世壽 (せいじゆ) 三百歳なるべし。 其の餘 (よ) は計り定むべからず。 予即ち歡喜に堪へず。 精修怠らざる者大凡 (おほよそ) 三年、心身次第に健康に、氣力次第に勇壯なる事を覺ゆ。 此 (こゝ) に於て、重ねて心に竊 (ひそ) かに謂 (おも) へらく、縱 (たと) ひ此の眞修を修し得て、彭祖 (はうそ) が八百の歳時 (さいじ) を保ち得るも、唯是れ一箇頑空無智 (ぐわんくうむち) の守屍鬼 (しゆしき) ならくのみ。 老狸 (らうり) の舊窠 (きうくわ) に睡るが如し。 終に壞滅 (ゑめつ) に歸せん。 何が故ぞ、今既に獨りも葛洪 (かつこう) 、鐡枴 (てつかい) 、張華 (ちやうくわ) 、費張 (ひちやう) が輩 (ともがら) を見ず。 如 (し) かじ、四弘 (しぐ) の大誓 (たいせい) を憤起し、菩薩の威儀を學び、常に大法施 (だいはふせ) を行 (ぎやう) じ、虚空 (こくう) に先 (さきだ) ちて死せず、虚空に後れて生ぜざる底 (てい) の不退堅固 (ふたいけんご) の眞法身 (しんほつしん) を打殺 (だせつ) し、金剛不壞 (こんがうふゑ) の大仙身 (だいせんしん) を成就せんにはと。 此 (こゝ) に於て、眞正參玄 (しんしやうさんげん) の上士 (じやうし) 兩三輩 (はい) を得て、内觀と參禪と共に合せ並べ貯へて、且つ耕し且つ戰ふ者、蓋 (けだ) し茲 (こゝ) に三十年。 年々一員を添へ二肩 (けん) を増し得て、今既に二百衆に近し。 其の中間、方來 (はうらい) の衲子 (のつす) 、勞屈疲倦 (らうくつひけん) の族 (やから) 、或は心火逆上し將 (まさ) に發狂せんとする底 (てい) を憐み、密 (つまびら) かに此の内觀の至要 (しえう) を傳授し、立所 (たちどころ) に快癒せしめ、轉 (うた) た悟れば轉 (うた) た進ましむ。 馬年 (ばねん) 今歳 (こんさい) 古稀に越えたりと云へども、半點の病患なく、齒牙 (しが) 全く搖落せず、眼耳 (がんに) 次第に分明 (ぶんみやう) にして、動 (やゝ) もすれば靉靆 (あいたい) を忘る。 毎月 (まいげつ) 兩度の法施 (はふせ) 終に怠倦 (たいけん) せず、請 (しやう) に佗方 (たはう) に應じて、三百五百の海象 (かいざう) を聚會 (しゆうゑ) して、或は五旬七旬を、經 (きやう) に録 (ろく) に、雲水の所望 (しよまう) に隨つて胡説亂道 (うせつらんだう) する者、大凡 (おほよそ) 五六十會 (ゑ) に及ぶといへども、終に一日も罷講 (はかう) 齋 (さい) を鎖 (とざ) さず。 身心健康、氣力は次第に二三十歳の時には遙かに勝 (ま) されり。 是れ皆彼 (か) の内觀の奇功に依る事を覺ゆ。 住菴 (じうあん) の諸子、各々悲泣作禮 (ひきうさらい) して云く、吾が師大慈大悲、願 (ねがは) くは内觀の大略 (たいりやく) を書せよ。 書して留 (とゞ)めて、後來 (こうらい) 禪病疲倦 (ぜんびやうひけん) 吾が輩 (ともがら) の如き者を救へ。 師即ち頷 (がん) す。 立處 (たちどころ) に草稿成る。 稿中何の説く所ぞ。 曰く、大凡 (おほよそ) 生を養ひ長壽を保つの要は、形を錬るに如 (し) かず。 形を錬るの要、神氣をして丹田氣海の間に凝 (こ) らさしむるにあり。 神 (しん) 凝る則 (とき) は氣聚 (あつま) る。 氣聚る則 (とき) は即ち眞丹 (しんたん) 成る。 丹成る則 (とき) は形 (かたち) 固し。 形固き則 (とき) は神 (しん) 全し。 神全き則 (とき) は壽 (いのちなが) し。 是れ仙人九轉還丹 (せんにんきうてんげんたん) の秘訣に契 (かな) へり。 須 (すべか) らく知るべし、丹 (たん) は果して外物 (ぐわいぶつ) に非ざる事を。 千萬 (せんばん) 唯 (たゞ) 心火 (しんくわ) を降下 (かうげ) し、氣海丹田の間に充たしむるに有るらくのみ。 住菴 (じうあん) の諸子、此の心要を勤めてはげみ、進んで怠らずんば、禪病を治 (ぢ) し勞疲を救ふのみにあらず、禪門向上の事に到つて、年來疑團 (ぎだん) あらむ人々は、大きに手を拍して大笑する底 (てい) の大歡喜有らん。 何が故ぞ、月高くして城影 (じやうえい) 盡 (つ) く。 維時 (これとき) 寶暦丁丑孟正 (まうしやう) 二十五蓂 (めい) 窮乏庵主饑凍 (きうぼふあんしゆきとう) 炷香 (ちうかう) 稽首題 (けいしゆだい) 夜 船 閑 話 白 隠 禅 師 山野 (さんや) 初め參學の日、誓つて、勇猛の信々 (しんじん) を憤發し、不退の道情 (だうじやう) を激起 (げきき) し、精錬 (せいれん) 刻苦する者既に兩三霜、乍 (たちま) ち一夜忽然 (こつぜん) として落節 (らくせつ) す、從前多少の疑惑、根 (こん) に和して氷融し、曠劫 (くわうがふ) 生死 (しやうじ) の業根 (ごふこん) 、底 (てい) に徹して漚滅 (おうめつ) す。 自 (みづか) ら謂 (おも) へらく、道 (みち) 人を去る事寔 (まこと) に遠からず、古人二三十年、是 (こ) れ何の捏怪 (ねつくわい) ぞと、怡悦 (いえつ) 蹈舞 (たうぶ) を忘るゝ者數月。 向後 (きやうご) 日用を廻顧 (くわいこ) するに、動靜 (どうじやう) の二境全く調和せず、去就 (きよしう) の兩邊總 (そう) に脱洒 (だつしや) ならず。 自 (みづか) ら謂 (おも) へらく、猛 (たけ) く精彩を著 (つ) け、重ねて一回捨命 (しやみやう) し去らむと、越 (こゝにおい) て牙關 (げくわん) を咬定 (かうぢやう) し、雙眼 (さうがん) 睛 (せい) を瞠開 (どうかい) し、寢食ともに廢せんとす。 既にして、未 (いま) だ期月 (きげつ) に亘 (わた) らざるに、心火 (しんくわ) 逆上し、肺金 (はいきん) 焦枯 (せうこ) して、雙脚 (さうきやく) 氷雪の底 (そこ) に浸すが如く、兩耳 (りやうじ) 溪聲 (けいせい) の間 (あいだ) を行くが如し。 肝膽 (かんたん) 常に怯弱 (きよじやく) にして、擧措 (きよそ) 恐怖多く、心身困倦 (こんけん) し、寐寤 (びご) 種々の境界を見る。 兩腋 (りやうえき) 常に汗を生じ、兩眼常に涙を帶ぶ。 此 (こゝ) に於て、遍 (あまね) く明師 (めいし) に投じ、廣く名醫を探ると云へども、百藥寸功 (すんこう) なし。 或人曰 (いは) く、城 (じやう) の白河の山裏 (さんり) に巖居 (がんきよ) せる者あり、世人 (せじん) 是れを名づけて白幽 (はくいう) 先生と云ふ、靈壽 (れいじゆ) 三四甲子 (かつし) を閲 (けみ) し、人居 (じんきよ) 三四里程を隔つ、人其の賢愚を辨ずる事なし、里人 (りじん) 專 (もつぱ) ら稱して仙人とす、聞く、故 (もと) の丈山氏の師範にして、精 (くは) しく天文に通じ、深く醫道に達す、人あり禮を盡して咨叩 (しこう) する則 (とき) は稀に微言を吐 (は) く、退きて是 (こ) れを考ふるに、大 (おほい) に人に利ありと。 此 (ここ) に於て寶永第七庚寅 (かういん) 孟正 (まうしやう) 中浣 (ちゆうくわん) 、竊 (ひそ) かに行纏 (あんてん) を著 (つ) け、濃東 (のうとう) を發し、黑谷 (くろだに) を越え、直 (たゞち) に白河の邑 (いふ) に到り、包 (つゝみ) を茶店 (さてん) におろして幽が巖栖 (がんせい) の處を尋 (たづ) ぬ、里人 (りじん) 遙 (はるか) に一枝 (いつし) の溪水を指 (ゆびさ) す、即ち彼 (か) の水聲に隨つて、遙 (はるか) に山溪に入 (い) る。 正 (まさ) に行く事里 (り) ばかりに、乍 (たちま) ち流水を踏斷 (たうだん) す。 樵徑 (せうけい) もまたなし。 時に一老夫あり、遙に雲煙の間 (あひだ) を指 (さ) す。 黄白 (わうはく) にして方 (はう) 寸餘 (すんよ) なる者あり、山氣に隨つて或 (あるひ) は顯はれ或は隱る。 是 (こ) れ幽が洞口 (どうこう) に垂下 (すゐげ) する所の蘆簾 (ろれん) なりと。 予即ち裳 (もすそ) を褰 (かゝ) げて上 (のぼ) る。 巉巖 (ざんがん) を踏み、蒙茸 (もうじよう) を披 (ひら) けば、氷雪草鞋 (さうあい) を咬 (か) み、雲露衲衣 (のふえ) を壓 (あつ) す。 辛汗 (しんかん) を滴 (したゝら) し、苦膏 (くかう) を流して、漸く彼 (か) の蘆簾の處に到れば風致淸絶實 (じつ) に物表 (ぶつぺう) に丁々 (ちやうちやう) たる事を覺ゆ。 心魂震 (ふる) ひ恐れ肌膚 (きふ) 戰慄す。 且 (しば) らく巖根 (がんこん) に倚 (よ) りて數息する者數百、少焉 (しばらく) ありて、衣 (ころも) を振ひ襟を正して、畏 (お) づ畏 (お) づ鞠躬 (きくきう) して簾子 (れんし) の中 (うち) を望めば、朦朧として幽が目を收めて端坐するを見る。 蒼髮 (そうはつ) 垂れて膝に到り、朱顔 (しゆがん) 麗 (うるはし) くして棗 (なつめ) の如し、大布 (たいふ) の袍 (はう) を掛け、輭草 (なんさう) の席に坐せり。 窟中 (くつちゆう) 纔 (わづか) に方 (はう) 五六笏 (しやく) にして、全く資生の具 (ぐ) 無し。 机上 (きじやう) 只 (たゞ) 中庸と老子と金剛般若とを置く。 予則 (すなは) ち禮を盡して、苦 (ねんご) ろに病因を告げ、且 (か) つ救ひを請ふ。 少焉 (しばらくありて) 幽眼 (まなこ) を開いて熟々 (つらつら) 視て、徐々として告げて曰く、我は是 (こ) れ山中半死の陳人 (ちんじん) 、櫨 (さ) 栗 (りつ) を拾ひて食 (くら) ひ麋鹿 (びろく) に伴つて睡る、此外 (このほか) 更に何をか知らんや、自 (みづか) ら愧 (は) づ、遠く上人 (しやうにん) の來望を勞する事を。 予即ち轉 (うた) た咨叩 (しこう) して休 (や) まず。 時に幽恬如 (てんじよ) として予が手を捉へて、精 (くは) しく五内 (ごだい) を窺 (うかゞ) ひ、九候を察す。 爪甲 (さうかう) 長き事半寸、慘乎 (しんこ) として顙 (ひたひ) を攅 (あつ) めてつげて云 (いは) く、已哉 (やんぬるかな) 、觀理 (くわんり) 度に過ぎ進修 (しんしう) 節を失して、終 (つひ) に此の重症を發す、實に醫治 (いぢ) し難 (がた) き者は公 (こう) の禪病なり、若 (も) し鍼灸藥 (しんきうやく) の三つの物を恃 (たの) みて、而 (しかう) して後に是 (こ) れを救はんと欲せば、扁倉 (へんそう) 力を盡し華陀 (くわだ) 顙 (ひたひ) を攅 (あつ) むるも、奇功を見る事能 (あた) はじ、公今 (いま) 觀理の爲 (た) めに破らる、勤めて内觀の功を積まずんば終 (つひ) に起 (た) つ事能はじ、是れ彼 (か) の起倒は必ず地に依るの謂 (いひ) なり。 予が曰く、願わくば内觀の要秘 (えうひ) を聞かん、學びがてらに是れを修せん。 幽肅々如 (しゆくしゆくじよ) として容 (かたち) をあらため從容 (しようよう) として告 (つげ) て曰く、嗚呼 (あゝ) 公の如きは問ふ事を好むの士なり、我が昔 (むか) し聞ける所を以て微 (すこ) しく公に告げんか、是れ養生の秘訣にして人の知る事稀なり、怠らずんば必ず奇功を見む、久視 (きうし) も亦期しつべし。 夫 (そ) れ大道 (だいどう) 分れて兩儀あり、陰陽 (いんやう) 交和して人物生 (うま) る、先天 (せんてん) の元氣中間に默運 (もくうん) して五臟列 (つらな) り經脈 (けいみやく) 行はる、衛氣 (えいき) 營血 (えいけつ) 互に昇降循環する者晝夜に大凡 (おほよそ) 五十度、肺金 (はいきん) は牝臟 (ひんざう) にして膈上 (かくじやう) に浮び肝木 (かんぼく) は牡臟 (ぼざう) にして膈下 (かくか) に沈む、心火 (しんくわ) は大陽 (たいやう) にして上部に位 (くらゐ) し腎水 (じんすゐ) は大陰 (たいいん) にして下部を占む。 五臟に七神 (しちじん) あり、脾腎 (ひじん) 各々二神を藏 (かく) す。 呼 (こ) は心肺より出 (い) で吸 (きう) は腎肝 (じんかん) に入 (い) る。 一呼に脈の行 (ゆ) く事三寸一吸に脈の行く事三寸、晝夜に一萬三千五百の氣息 (きそく) あり。 脈一身を巡行する事五十次 (じ) 、火は輕浮 (けいふ) にしてつねに騰昇 (とうしよう) を好み水は沈重 (ちんじう) にしてつねに下流を務 (つと) む。 若 (も) し人察せず、觀照或は節を失し志念 (しねん) 或は度に過ぐる時は心火熾衝 (ししよう) して肺金焦薄 (せうはく) す、金母(きんぼ)苦しむ則 (とき) は水子 (すゐし) 衰滅す、母子互に疲傷 (ひしやう) して、五位困倦 (こんけん) し六屬凌奪 (りやうだつ) す、四大増損 (ぞうそん )して各々 (おのおの) 百一の病 (やまひ) を生ず、百藥功を立つる事能 (あた) はず、衆醫 (しゆうい) 總 (そう) に手を束 (つか) ねて終 (つひ) に告ぐる處なきに到る。 蓋 (けだ) し生を養ふ事は國を守るが如し、明君聖主は常に心を下 (しも) に專 (もつぱら) にし暗君庸主 (ようしゆ) は常に心を上 (かみ) に恣 (ほしいまゝ) にす、上に恣にする則 (とき) は九卿 (きうけい) 權に誇り百僚寵 (ちやう) を恃 (たの) んで曾 (かつ) て民間の窮困を知る事なし、野 (や) に菜色 (さいしよく) 多く國餓莩 (がへう) 多し、賢良濳 (ひそ) み竄 (かく) れ臣民瞋 (いか) り恨む、諸侯離れ叛 (そむ) き衆夷 (しゆうい) 競 (きそ) ひ起 (おこ) つて、終に民庶を塗炭 (とたん) にし國脈永く斷絶するに到る。 心を下 (しも) に專 (もつぱら) にする則 (とき) は九卿儉 (けん) を守り百僚約 (やく) を勤めて常に民間の勞疲を忘るゝ事なし、農に餘 (あま) んの粟 (ぞく) あり婦 (ふ) に餘んの布 (ふ) ありて、群賢來 (きた) り屬し諸侯恐れ服して民肥 (こ) え國強く令に違 (ゐ) するの烝民 (じようみん) なく境 (さかひ) を侵すの敵國なし、國刁斗 (てうと) の聲を聞く事なく民戈戟 (くわげき) の名を知らず。 人身 (じんしん) もまた然 (しか) り、至人 (しいじん) は常に心氣をして下 (しも) に充たしむ、心氣下に充つる時は七凶 (しちきよう) 内に動く事無く四邪 (しじや) また外 (そと) より窺 (うかゞ) ふ事能はず、營衛 (えいゑ) 充ち心神健 (すこや) かなり、口終 (つひ) に藥餌の甘酸 (かんさん) を知らず、身終 (つひ) に鍼灸 (しんきう) の痛痒 (つうやう) を受けず。 庸流 (ようりう) は常に心氣をして上 (かみ) に恣 (ほしいまゝ) にす、上 (かみ) に恣 (ほしいまゝ) にする時は左寸 (さすん) の火 (くわ) 右寸 (うすん) の金 (きん) を剋 (こく) して五官縮 (ちゞま) り疲れ六親 (りくしん) 苦しみ恨む。 是 (こ) の故に、漆園 (しつえん) 曰く、眞人 (しんじん) の息 (いき) は是れを息 (そく) するに踵 (くびす) を以てし、衆人の息 (いき) は是れを息 (そく) するに喉 (のんど) を以てす。 許俊 (きよしゆん) が云 (いは) く、蓋 (けだ) し氣下焦 (かせう) に在る則 (とき) は其の息遠く、氣上焦 (じやうせう) に在る則は其の息 (いき) 促 (しゞ) まる。 上陽子 (じやうやうし) が曰く、人に眞一の氣有り、丹田 (たんでん) の中 (うち) に降下 (かうげ) する則 (とき) は一陽また復す、若し人始陽 (しやう) 初復 (しよふく) の候を知らんと欲せば暖氣を以て是れが信とすべし、大凡 (おほよそ) 生を養ふの道、上部は常に淸凉ならん事を要し下部は常に温暖ならん事を要せよ。 夫 (そ) れ經脈の十二は支 (し) の十二に配し月の十二に應じ時の十二に合 (がつ) す、六爻 (かう) 變化再周して一歳を全 (まつた) ふするが如し。 五陰 (ごいん) 上 (かみ) に居 (きよ) し一陽下 (しも) を占む、是れを地雷復 (ぢらいふく) と云ふ、冬至 (とうじ) の候なり、眞人の息 (いき) は是れを息 (そく) するに踵 (くびす) を以てするの謂 (いひ) か。 三陽下 (しも) に居 (きよ) し三陰上 (かみ) に居 (きよ) す、是れを地天泰 (ちてんたい) と云ふ、孟正 (まうしやう) の候なり、萬物發生の氣を含んで、百卉 (ひやつき) 春化 (しゆんくわ) の澤 (たく) を受く、至人 (しいじん) 元氣をして下 (しも) に充たしむるの象 (しやう) 、人是れを得る則 (とき) は、營衛 (えいゑ) 充實し氣力勇壯なり。 五陰下 (しも) に居 (きよ) し一陽上 (かみ) に止 (とゞ) まる、是れを山地剥 (さんちはく) といふ、九月の候なり、天是れを得る則 (とき) は、林苑 (りんゑん) 色を失し百卉 (ひやつき) 荒落 (くわうらく) す、是れ衆人の息は、是れを息 (そく) するに喉 (のんど) を以てするの象 (しやう) 、人是れを得る則 (とき) は、形容枯槁 (こかう) し齒牙 (しが) 搖落す。 所以 (このゆゑ) に延壽 (えんじゆ) 書に云く、六陽共に盡く、則ち是れ全陰 (ぜんいん) の人死し易し。 須 (すべか) らく知るべし、元氣をして常に下 (しも) に充たしむ、是れ生を養ふ樞要 (すうえう) なる事を。 昔 (むか)し呉契初 (ごけいしよ) 石臺 (せきだい) 先生に見 (まみ) ゆ、齋戒して錬丹 (れんたん) の術を問ふ。 先生の云く、我に元玄眞丹 (げんげんしんたん) の神秘あり、上々の器 (き)にあらざるよりんば得て傳ふべからず。 古へ廣成子 (くわうせいし) 是れを以て黃帝に傳ふ、帝 (てい) 三七齋戒して是れを受く。 夫 (そ) れ大道の外 (ほか) に眞丹なく、眞丹の外に大道なし。 蓋し五無漏 (ごむろ) の法あり、儞 (なんぢ) の六欲を去り五官各々其の職を忘るゝ則 (とき) は、混然たる本源の眞氣彷彿 (ほうふつ) として目前に充 (み) つ、是れ彼 (か) の大白道人 (たいはくだうじん) の謂 (いは) ゆる我が天を以て事 (つか) ふる所の天に合 (がつ) する者なり。 孟軻 (まうか) 氏の謂 (いは) ゆる浩然の氣、是れをひきゐて臍輪氣海丹田 (さいりん・きかい・たんでん) の間 (あひだ) に藏 (おさ) めて、歳月を重ねて、是れを守つて守一 (しゆいつ) にし去り是れを養ふて無適にし去つて、一朝乍 (たちま) ち丹竈 (たんさう) を掀飜 (きんぽん) する則 (とき) は、内外中間八紘 (はつかう) 四維 (しゆゐ) 總 (そう) に是れ一枚の大還丹 (だいげんたん) 、此の時に當 (あた) つて、初めて自己即ち是れ天地に先 (さきだ) ちて生せず、虚空 (こくう) に後れて死せざる底 (てい) の眞箇 (しんこ) 長生久視の大神仙なる事を覺得 (かくとく) せん、是れを眞正丹竈 (たんさう) 功成る底 (てい) の時節とす。 豈 (あに) 風に御 (ぎよ) し、霞に跨 (またが) り、地を縮め、水 (みづ) を蹈 (ふ) む等の鎖末 (さまつ) たる幻事 (げんじ) を以て懷 (くわい) とする者ならんや。 大洋を攪 (か) いて酥酪 (そらく) とし、厚土 (こうど) を變じて黃金 (わうごん) とす。 前賢 (ぜんけん) 曰く、丹 (たん) は丹田なり、液 (えき) は肺液なり、肺液を以て丹田に還 (かへ) す、是の故に金液還丹 (きんえきげんたん) といふ。 予が曰く、謹んで命 (めい) を聞 (き) いつ、且 (しば) らく禪觀を抛下 (はうげ) し、努め力 (つと) めて治 (ぢ) するを以て期 (ご) とせん、恐るゝ所は、李士才 (りしさい) が謂 (いは) ゆる淸降 (せいこう) に偏 (へん) なる者にあらずや、心を一處 (いつしよ) に制せば、氣血 (きけつ) 或は滯碍 (たいげ) する事なからんか。 幽微々 (びゞ) として笑つて云 (いは) く、然 (しか) らず、李氏いはずや、火の性 (せい) は炎上なり宜 (よろ) しく是れを下らしむべし、水の性は下 (くだ) れるに就く宜しく是れをして上 (のぼ) らしむべし。 水上 (のぼ) り火下 (くだ) る、是れを名 (なづ) けて交 (かう) と云ふ、交 (まじは) る則 (とき) は既濟 (きせい) とす、交らざる則は未濟 (みせい) とす、交は生の象 (しやう) 不交は死の象なり。 李家 (りか) が謂ゆる淸降に偏なりとは丹溪 (たんけい) を學ぶ者の弊 (へい) を救はんとなり。 古人曰く、相火 (しやうくわ) 上 (のぼ) り易きは身中 (しんちゆう) の苦 (くるし) む所、水を補ふは火を制する所以 (ゆゑん) なり。 蓋し火 (くわ) に君相 (くん・しやう) の二義あり、君火 (くんくわ) は上 (かみ) に居 (きよ) して靜を主 (つかさ) どり相火 (しやうくわ) は下 (しも) に處して動 (どう) を主どる。 君火は是れ一身の主 (しゆ) なり相火は宰輔 (さいほ) たり。 蓋 (けだ) し相火 (しやうくわ) に兩般 (りやうはん) あり、謂 (いは) ゆる腎と肝となり、肝は雷 (らい) に比し腎は龍 (りよう) に比す。 是の故に云ふ、龍をして海底に歸せしめば必ず迅發 (じんぱつ) の雷 (らい) なけん、但 (たゞ) し雷をして澤中 (たくちゆう) に藏 (かく) れしめば必ず飛騰 (ひとう) の龍 (りよう) なけん、海 (うみ) か澤 (たく) か、水にあらずと云ふ事なし、是れ相火 (しやうくわ) 上 (のぼ) り易きを制するの語にあらずや。 又曰く、心 (しん) 勞煩 (らうはん) する則 (とき) は、虚 (きよ) して心 (しん) 熱す、心 (しん) 虚する則は、是れを補するに心を下 (くだ) して腎に交 (まじ) ふ、是れを補 (ほ) といふ、既濟 (きせい) の道なり。 公先 (さき) に心火 (しんくわ) 逆上して此の重痾 (じうあ) を發す、若 (も) し心 (しん) を降下 (こうげ) せずんば、縱 (たと) ひ三界の秘密を行 (ぎやう) じ盡 (つく) したりとも起 (た) つ事得じ。 且つ又我が形模 (けいぼ) 、道家者流に類 (るい) するを以て、大 (おほい) に釋 (しやく) に異なる者とするか、是れ禪なり、他日打發 (だはつ) せば大 (おほい) に笑ひつべきの事有らむ。 夫 (そ) れ觀は無觀を以て正觀 (しやうくわん) とす、多觀の者を邪觀とす。 向 (さき) に公、多觀を以て此の重症を見る、今是れを救ふに無觀を以てす、また可ならずや。 公 (こう) 若し心炎意火 (しんえんいくわ) を收めて丹田及び足心 (そくしん) の間 (あひだ) におかば、胸膈自然に淸凉にして、一點の計較思想 (けいこうしさう) なく、一滴の識浪情波 (しきらうじやうは) なけん、是れ眞觀淸淨觀 (しんくわんしやうじやうくわん) なり、云ふ事なかれ、しばらく禪觀を抛下 (はうげ) せんと。 佛 (ぶつ) の言 (いは) く、心 (こゝろ) を足心にをさめて能く百一の病を治 (ぢ) すと。 阿含 (あごん) に酥 (そ) を用ゆるの法あり、心 (しん) の勞疲を救ふ事尤 (もつと) も妙なり。 天台の摩訶止觀に、病因を論ずる事甚だ盡 (つく) せり、治法 (ぢはふ) を説く事も亦甚だ精密なり、十二種の息 (そく) あり、よく衆病を治 (ぢ) す、臍輪 (さいりん) を縁 (えん) して豆子 (とうし) を見るの法あり、其の大意、心火 (しんくわ) を降下 (かうげ) して丹田及び足心に收むるを以て至要とす、但 (たゞ) 病を治するのみにあらず、大 (おほい) に禪觀を助く。 蓋し繋縁諦眞 (けいえん・たいしん) の二止 (にし) あり、諦眞 (たいしん) は實相の圓觀、繋縁 (けいえん) は心氣を臍輪氣海丹田 (さいりん・きかい・たんでん) の間に收め守るを以て第一とす、行者 (ぎやうじや) 是れを用 (もち) ゆるに大に利あり。 古 (いにし) へ永平の開祖師 (かいそし) 、大宋に入 (い) つて如淨 (によじやう) を天童に拜す。 師一日 (いちじつ) 密室に入 (い) つて益を請ふ、淨曰く、元子 (げんし) 坐禪の時、心 (こゝろ) を左 (ひだり) の掌 (たなごころ) の上におくべしと、是れ即ち顗師 (ぎし) の謂ゆる繋縁止 (けいえんし) の大略なり。 顗師 (ぎし) 始め此の繋縁内觀 (けいえんないくわん) の秘訣を敎へて、其の家兄鎭愼 (ちんしん) が重痾を萬死 (ばんし) の中 (うち) に助け救ひたまふ事は、精しくは小止觀の中 (うち) に説けり。 また白雲和尚曰く、我常に心をして腔子 (くうし) の中 (うち) に充たしむ、徒 (と) を匡 (ただ) し衆を領し賓 (ひん) を接し機に應じ及び小參普説 (せうさんふせつ) 七縱八横 (しちじゆう・はちわう) の間に於 (お) いて、是れを用ひて盡くる事なし、老來 (らうらい) 殊に利益 (りやく) 多き事を覺ゆと。 寔 (まこと) に貴 (たつと) ぶべし。 是れ蓋 (けだ) し素問 (そもん) に謂 (いは) ゆる恬澹虚無 (てんたん・きよむ) なれば眞氣 (しんき) これにしたがふ、精神内 (うち) に守らば病何 (いづ) れより來 (きた) らんといふ語に本づき玉 (たま) ふものならむか。 且つ夫 (そ) れ内に守るの要、元氣をして一身の中 (うち) に充塞 (じうそく) せしめ、三百六十の骨節、八萬四千の毛竅 (まうけう) 、一毫髮( いちがうはつ) ばかりも欠缺 (けんけつ) の處なからしめん事を要す、是れ生を養ふ至要なる事を知るべし。 彭祖 (はうそ) が曰く、和神導氣 (わしん・だうき) の法、當 (まさ) に深く密室を鎖 (とざ) し、牀 (しやう) を安 (あん) じ、席を煖 (あたた) め、枕の高さ二寸半、正身 (しやうしん) 偃臥 (えんぐわ) し、瞑目 (めいもく) して、心氣を胸膈の中 (うち) に閉 (とざ) し、鴻毛 (こうもう) を鼻上 (びじやう) につけて動かざる事三百息 (そく) を經て、耳聞く處なく目見る所なく、斯 (かく) の如くなる則 (とき) は寒暑も侵す事能はず蜂蠆 (ほうたい) も毒する事能はず、壽 (じゆ) 三百六十歳、是れ眞人に近しと。 又蘇内翰 (そないかん) が曰く、已 (すで) に飢ゑて方 (まさ) に食し未 (いま) だ飽かずして先づ止む、散歩逍遙して務 (つと) めて腹をして空 (むな) しからしめ、腹の空 (くう) なる時に當つて即ち靜室 (じやうしつ) に入 (い) り端坐默然 (たざもくねん) して出入 (しゆつにふ) の息 (いき) を數へよ、一息 (そく) より數へて十に到り、十より數へて百に到り、百より數へ放 (はな) ち去つて千に到りて、此身兀然 (こつねん) として此の心 (こゝろ) 寂然 (じやくねん) たる事、虚空と等 (ひと) し、斯 (かく) の如くなる事久 (ひさし) ふして、一息 (そく) おのづから止 (とど) まり出 (い) でず入ら (い) ざる時、此の息 (いき) 八萬四千の毛竅 (まうけう) の中 (うち) より雲蒸し霧起るが如く、無始劫來 (むしごふらい) の諸病自 (おのづか) ら除き、諸障 (しよしやう) 自然 (じねん) に除滅 (ぢよめつ) する事を明悟 (めいご) せん、譬 (たと) へば盲人の忽然 (こつぜん) として眼 (まなこ) を開くが如けん。 此の時人に尋ねて路頭を指す事を用ひず、只要す、尋常 (つねに) 言語を省略して儞 (なんぢ) の元氣を長養 (ちやうやう) せん事を、是 (こ) の故に云ふ、目力 (もくりよく) を養ふ者は常に瞑し、耳根 (じこん) を養ふ者は常に飽き、心氣を養ふ者は常に默すと。 予が曰く、酥 (そ) を用ゆるの法得て聞いつべしや。 幽 (いう) が曰く、行者 (ぎやうじや) 定中 (じやうちゆう) 四大 (しだい) 調和せず、身心ともに勞疲する事を覺 (かく) せば、心を起して應 (まさ) に此の想 (さう) をなすべし、譬へば色香 (しきかう) 淸淨 (しやうじやう) の輭酥 (なんそ) 鴨卵 (あふらん) の大 (おほい) さの如くなる者、頂上に頓在 (とんざい) せんに、其の氣味微妙 (みめう) にして、遍 (あまねく) く頭顱 (づろ) の間 (あひだ) をうるほし、浸々 (しんしん) として潤下 (じゆんか) し來 (きた) つて、兩肩 (りやうけん) 及び双臂 (さうひ) 、兩乳 (りやうにう) 胸膈 (きようかく) の間 (あひだ) 、肺肝 (はいかん) 腸胃 (ちやうゐ) 、脊梁 (せきりやう) 臀骨 (どんこつ) 、次第に沾注 (てんちう) し將 (も) ち去る。 此時に當つて、胸中の五積 (しやく) 六聚 (しゆ) 、疝癪 (せんべき) 塊痛 (くわいつう) 、心に隨つて降下 (かうげ) する事、水の下 (しも) につくが如く歴々として聞 (こゑ) あり、遍身 (へんしん) を周流し、雙脚 (さうきやく) を温潤し、足心 (そくしん) に至つて即ち止む。 行者再び應 (まさ) に此の觀をなすべし、彼 (か) の浸々として潤下 (じゆんか) する所の餘流 (よりう) 、積り湛 (たた) へて暖め蘸 (ひた) す事、恰 (あたか) も世の良醫の種々妙香 (めうかう) の藥物 (やくぶつ) を集め、是れを煎湯 (せんたう) して浴盤 (よくばん) の中 (なか) に盛り湛へて、我が臍輪 (さいりん) 以下を漬 (つ) け蘸 (ひた) すが如し。 此の觀をなす時唯心 (ゆゐしん) の所現 (しよげん) の故に、鼻根 (びこん) 乍 (たちま) ち希有 (けう) の香氣を聞き、身根 (しんこん) 俄かに妙好 (めうかう) の輭觸 (なんしよく) を受く。 身心 (しんしん) 調適 (てうてき) なる事、二三十歳の時には遙かに勝 (まさ) れり。 此の時に當つて、積聚 (しやくじゆ) を消融 (せうゆう) し腸胃 (ちやうゐ) を調和し、覺えず肌膚 (きふ) 光澤を生ず。 若 (も) し夫 (そ) れ勤めて怠らずんば、何 (なに) の病 (やまひ) か治 (ぢ) せざらん、何 (なに) の德か積まらざん、何の仙 (せん) か成 (じやう) ぜざる、何の道か成ぜざる。 其の功驗 (こうけん) の遲速は行人 (ぎやうにん) の進修 (しんしう) の精麤 (せいそ) に依 (よ) るらくのみ。 走 (そう) 始め丱歳 (くわんさい) の時、多病にして、公 (こう) の患 (うれひ) に十倍しき、衆醫總 (そう) に顧 (かへり) みざるに到る。 百端を窮 (きは) むといへども、救ふべきの術 (じゆつ) なし。 此 (こゝ) に於て、上下の神祇 (じんぎ) に祈つて天仙の冥助( みやうじよ) を請ひ願ふ。 何の幸 (さいはひ) ぞや、計らずも此 (この) 輭酥 (なんそ) の妙術を傳受する事を。 觀喜 (くわんき) に堪へず、綿々として精修 (せいしう) す。 未 (いま) だ期月 (きげつ) ならざるに、衆病 (しゆうびやう) 大半消除す。 爾來 (じらい) 身心輕安なる事を覺ゆるのみ。 癡々 (ちゝ) 兀々 (こつこつ) 月の大小を記せず、年の閏餘 (じゆんよ) を知らず、世念 (せねん) 次第に輕微にして、人欲 (じんよく) の舊習 (きうしう) もいつしか忘れたるが如し、馬年 (ばねん) 今歳 (こんさい) 何十歳なる事もまた知らず。 中頃端由 (たんゆ) 有りて若州 (じやくしう) の山中に潜遁 (せんとん) する者大凡 (おほよそ) 三十歳、世人都 (すべ) て知る事なし。 其の中間を顧 (かへりみ) るに、恰 (あたか) も黃粱 (くわうりやう) 半熟の一夢 (いちむ) の如し。 今此の山中無人 (むにん) の處に向つて、此の枯槁 (こかう) の一具骨 (いちぐこつ) を放つて、大布 (たいふ) の單衣 (たんい) 纔 (わづか) に二三片を掛け、嚴冬の寒威 (かんゐ) 綿を折 (くじ) くの夜 (よ) といへども、枯腸 (こちやう) を凍損 (とうそん) するに到らず、山粒 (さんりふ) すでに斷 (た) えて穀氣 (こくき) を受けざる事動 (やや) もすれば數月に及ぶといへども、終に凍餧 (とうたい) の覺 (おぼえ) もなき事は、皆此の觀 (くわん) の力ならずや。 我今既に公に告ぐるに一生用ひ盡 (つく) さざる底 (てい) の秘訣を以てす、此外 (このほか) 更に何をか云はんやと云つて、目を收めて默坐す。 予も亦涙を含んで禮辭 (らいじ) す。 徐々として洞口 (どうこう) を下れば、木末 (こずゑ) 纔 (わづ) かに殘陽 (ざんやう) を掛く。 時に屐聲 (げいせい) の丁々 (たうたう) として山谷 (さんこく) に答ふるあり。 且つ驚き且つ怪んで、畏 (お) づ畏 (お) づ回顧すれば、遙に幽 (いう) が巖窟を離れて自 (みづか) ら送り來 (きた) るを見る。 即ち曰く、人迹不到 (じんせきふたう) の山路 (さんろ) 西東 (さいとう) 分 (わか) ち難 (がた) し、恐らくは歸客 (きかく) を惱 (なやま) せん、老父しばらく歸程 (きてい) を導かんと云つて、大駒屐 (だいくげき) を著 (つ) け痩鳩杖 (そうきうぢやう) をひき、巉巖 (ざんがん) を踏み嶮岨(けんそ)を陟 (わた) る事、飄々 (へうへう) として坦途 (たんと) を行くが如く、談笑して先驅す。 山路遙かに里許 (りばかり) を下 (くだ) りて、彼 (か) の溪水 (けいすゐ) の所に到つて、即ち曰く、此の流水に隨ひ下らば、必ず白川 (しらかは) の邑 (いふ) に到らんと云つて、慘然 (さんぜん) として別る。 且 (しば) らく柴立 (さいりつ) して、幽が回歩 (くわいほ) を目送するに、其の老歩 (らうほ) の勇壯なる事、飄然 (へうぜん) として世を遁れて羽化して登仙する人の如し。 且つ羨み且つ敬 (けい) す。 自 (みづか) ら恨む、世を終るまで此等の人に隨逐 (ずゐちく) する事能 (あた) はざる事を。 徐々として歸り來 (きた) つて、時々に彼 (か) の内觀を潜修 (せんしう) するに、纔 (わづか) に三年に充たざるに、從前の衆病 (しゆうびやう) 、藥餌 (やくじ) を用ひず鍼灸 (しんきう) を假 (か) らず、任運 (にんうん) に除遣 (ぢよけん) す。 特 (ひと) り病を治 (じ) するのみにあらず、從前手脚 (しゆきやく) を挾 (さしはさ) む事を得ず、齒牙 (しが) を下す事を得ざる底 (てい) の難信難透難解 (なんげ) 難入 (なんにう) 底 (てい) の一著子 (ちやくし) 、根 (こん) に透 (とほ) り底 (てい) に徹して、透得過 (とうとくくわ) して大觀喜 (だいくわんき) を得 (う) る者、大凡 (おほよそ) 六七回、其の餘 (よ) の小悟 (せうご) 、怡悦 (いえつ) 踏舞 (たうぶ) を忘るゝ者、數 (かず) を知らず。 妙喜 (めうき) の謂 (いは) ゆる大悟 (だいご) 十八度小悟 (せうご) 數 (かず) を知らずと、初めて知る、寔 (まこと) に我を欺かざる事を。 古 (いにし) へ二三 緉 の襪 (べつ) を著 (つ) くといへども、足心 (そくしん) 常に氷雪の底 (そこ) に浸すが如くなる者、今既に三冬 (さんとう) 嚴寒の日といへども、襪 (べつ) せず爐 (ろ) せず、馬齒 (ばし) 既に古稀を越えたりといへども、指すべき半點の小病も亦なき事は、彼 (か) の神術の餘勳 (よくん) ならんか。 云ふ事なかれ、鵠林 (こふりん) 半死の殘喘 (ざんぜん) 、多小無義荒唐 (むぎくわうたう) の妄談 (もうだん) を記取して、以て佗 (た) の上流を誑惑 (きやうわく) すと。 是れ宿 (つと) に靈骨有つて、一槌 (つゐ) に既に成 (じやう) ずる底 (てい) の俊流 (しゆんりう) の爲に設くるにあらず。 癡鈍 (ちどん) 予が如く、勞病予に類 (るい) する底 (てい) 、看讀 (かんどく) して仔細に觀察せば、必ず少しき補 (おぎなひ) ならんか。 只恐る、別人の手を拍 (はく) して大笑せん事を。 何が故ぞ、馬 (うま) 枯萁 (こき) を咬 (か) んで午枕 (ごちん) に喧 (かまび) すし。 (終) (注)1.上記の本文は、 所収の 『 』(白隠禅師著、熊谷逸仙注。 東京:宝永館書店、 明治45年 6月4日発 行)によりました。 2.上記本文は総ルビなっていますが、ここでは一部読み仮名を省略し てあります。 3.上記本文の句読点を、引用者の判断で改めた箇所があります。 4.『白隠和尚全集 第五巻』所収の「夜船閑話」によれば、ここに引 用した本文は、「巻之上」となっていて、「何某之國何城之大主何姓 何某侯の閣下近侍の需めに應ぜし草稿」として「巻之下」があります。 (『白隠和尚全集 第五巻』は、白隠和尚全集編纂会・編纂、龍吟社・ 昭和9年5月25日発行。 ) これについては、伊豆山格堂氏著『 白隠禅師 夜船閑話』 (春秋社、 1983年2月25日初版第1刷発行、2002年2月25日新装版第1刷発行) の「解説」 に、「『夜船閑話』には一巻本と、「巻第一」と「巻第二」より成る二 巻本とがある。 一巻本と二巻本の「巻第一」は同一の内容で、世に聞こ えた『夜船閑話』はこれに外ならない。 二巻本の「巻第二」は「小島城 之大守松平房州殿下近侍の需 (もと) めに応ぜし草稿」と題されており、 禅仏教の精神に基づいて、驕奢を慎しみ、仁政を行うべき事を懇ろに説 いたもので、「巻第一」と内容的に全く関係が無い。 一巻本や二巻本 「巻第一」の『夜船閑話』は、白隠自らの闘病の体験記録である。 (中略) 異質の物がどうして一冊にされたのか、その理由はわからない。 おそら く出版上の便宜的事情に依ることと思われる」とあります。 5.「夜船閑話序」の初めに出てくる 「鵠林」に、ここでは「こふりん」と 読み仮名がついていますが、上記の伊豆山格堂氏著『 白隠禅師 夜船閑話』 では「こくりん」と読ませており、「松蔭寺の山号を鶴林山 (かくりんざん) と言う。 鵠 (こく) は白鳥 (はくちょう) の事であるが、鶴と同種であるところ から、白隠和尚は「鵠林」 (こくりん) を別称として用いた」と注しておら れます(同書、5頁)。 また、 「營衛」(えいゑ)の読みについても、現代仮名遣いで「えいえ い」と読み仮名を付けて、「本来は昔の軍隊用語。 営は将軍の本陣、衛は 士卒の陣。 古代医書『黄帝内経』によれば、「営」は血が脉 (みゃく) 中に 行き、「衛」は気がそれを引いて脉外を運行すること。 本文の場合、血と 気が不足なく充満する意」と注しておられます。 「 輭酥 (なんそ) 」の「輭」は、手元の漢和辞典に「軟」の異体字とありま す。 「酥」は、「牛・羊・馬などの乳を煮つめた乳製品。 クリーム」とあり ます。 この「 輭酥 」を「 輭 蘇」とする本もあるようで、「蘇」は「 酥 」と通 じて用いられたようです。 6.白隠禅師の「軟酥の法(なんそのほう)」としてよく知られているの は、主として本文の次の部分だと思われます。 「 予が曰く、酥を用ゆるの法得て聞いつべしや。 幽が曰く、行者定中四大調和せず、 身心ともに勞疲する事を覺せば、心を起して應に此の想をなすべし、譬へば色香淸 淨の輭酥鴨卵の大さの如くなる者、頂上に頓在せんに、其の氣味微妙にして、遍く 頭顱の間をうるほし、浸々として潤下し來つて、兩肩及び双臂、兩乳胸膈の間、肺 肝腸胃、脊梁臀骨、次第に沾注し將ち去る。 此時に當つて、胸中の五積六聚、疝癪 塊痛、心に隨つて降下する事、水の下につくが如く歴々として聞あり、遍身を周流 し、雙脚を温潤し、足心に至つて即ち止む。 行者再び應に此の觀をなすべし、彼の 浸々として潤下する所の餘流、積り湛へて暖め蘸す事、恰も世の良醫の種々妙香の 藥物を集め、是れを煎湯して浴盤の中に盛り湛へて、我が臍輪以下を漬け蘸すが如 し、此の觀をなす時唯心の所現の故に、鼻根乍ち希有の香氣を聞き、身根俄かに妙 好の輭觸を受く。 身心調適なる事、二三十歳の時には遙かに勝れり。 此の時に當つ て、積聚を消融し腸胃を調和し、覺えず肌膚光澤を生ず。 若し夫れ勤めて怠らずん ば、何の病か治せざらん、何の德か積まらざん、何の仙か成ぜざる、何の道か成ぜ ざる。 其の功驗の遲速は行人の進修の精麤に依るらくのみ。 」 7.白隠(はくいん)=江戸中期の臨済宗の僧。 名は慧鶴 えかく 、号は鵠 林。 駿河の人。 若くして各地で修行、京都妙心寺第一座となっ た後も諸国を遍歴教化、駿河の松蔭寺などを復興したほか多く の信者を集め、臨済宗中興の祖と称された。 気魄ある禅画をよ くした。 諡号 しごう は神機独妙禅師・正宗国師。 著「荊叢毒蘂」 「息耕録」「槐安国語」「遠羅天釜おらでがま」「夜船閑話」な ど。 (1685-1768) 夜船閑話(やせんかんな)=仮名法語。 白隠 はくいん の著。 17 57年(宝暦7)刊。 過度の禅修行による病いの治療法として、 身心を安楽にする観法を説いたもの。 遠羅天釜(おらでがま)=仮名法語。 白隠の著。 1749年(寛延2)刊。 武士参禅のこと、病中修行の 用意および自らの法華経観を述べる。 おらてがま。 (以上、『広辞苑』第6版による。 ) 8. 』に、 「 」の項があり ます。 9.『vivid 静寂庵』というサイトに、「白隠禅師《夜船閑話》」の ページがあり、ここで「夜船閑話」の口語訳が見られます。 春秋社、1983年2月25日初版 第1刷発行、2002年2月25日新装版第1刷発行) を挙げておきます。 この本は、原文の他に、詳しい語釈、現代語訳があって、 読みやすく、また、巻末の「解説」も大変参考になります。 なお、伊豆山格堂氏が解説の中で挙げておられる参考書を、次にい くつか紹介しておきます。 『 評釈 夜船閑話』(陸川堆雲著。 昭和37年、山喜房仏書林) 『 禅的腹式呼吸 夜船閑話氷釈』(虚白道人釈。 明治44年、東京弘学館) (昭和3年大阪文友堂版は『白隠夜船閑話氷釈』と改題) 『 白隠禅師 夜船閑話』(高山俊著。 大法輪閣、昭和18年初版、 同50年改訂版) 『日本の禅語録19 白隠』(鎌田茂雄著。 大蔵新書11、昭和54年) 『夜船閑話講話』(大西良慶著。 大法輪閣、昭和57年) なお、白隠和尚の自筆刻本に準拠した刊本に、 大日本文庫本『白隠禅師集』(昭和13年。 大日本文庫刊行会) があるそうです。 11. 白幽について 伊豆山格堂氏の本文の注には、「 白幽先生 白河の幽人(隠者)の 意で名づけられたものであろう」(41頁)とありますが、巻末の「解 説」に、「『白隠年譜』によれば、白隠の白幽訪問は宝永7年(1710) 26歳の時であり、「年譜草稿」によれば正徳5年(1715)31歳の時で ある。 然るに白幽は宝永6年64歳の時、山から落ち、病を得て歿した。 明らかに辻褄が合わない」以下、白幽についての詳しい紹介がありま す(同書、114-119頁)。 白隠禅師が自分の説を述べるために仮に設 けた人物ではないかと、一時、白幽の実在を疑う人もいたようですが、 実在の人物であることは確かなようです。 しかし、白隠禅師が白幽に内観法や輭蘇の法を教えられたとするこ とについては、伊豆山格堂氏は、「興味深く広く世間に訴えるために、 当時かなり有名であった白幽から親しく授けられたものの如く物語風 にして書いたのである。 白隠は創作家としての才能にも恵まれていた」 としておられます(同書、114頁)。 詳しくは『 白隠禅師 夜船閑話』の 巻末にある「解説」を参照してください。 因みに、 『定本 良寛全集』には、「「白幽」は雄渾な筆致で知られ る書家で、京都の山中に住み、『老子』と『金剛経』を愛読し、詩人石 川丈山の師友であった。 宝暦6年(1709)己丑8月9日に死去。 200余 歳ともいう」とあります(同書、201頁)。 12. 書名『夜船閑話』について 白隠の『夜船閑話』という本の名前についても、伊豆山格堂氏は次の ように言っておられます。 「書名は、夜船 (よぶね) の乗り合い衆のむだ話という意味であるが、 「夜船 (やせん) は、或いは「白川夜船 (しらかわよぶね) 」の語に掛けたもの かも知れない。 人に京の白川の事を問われた、知ったかぶりの男が、白 川を川の事と思い、夜船 (よぶね) で通ったから知らぬと答えたという話 がある。 もしその含みがあるとすれば、白川の仙人白幽子には会った事 はないが、会ったことにして書いた咄 (はなし) という意味が、『夜船閑 話』という書名にあるわけであろう。 」(『 白隠禅師 夜船閑話』114頁) 13. 上記の伊豆山格堂著『 白隠禅師 夜船閑話』の序に、<良寛和尚も山田 七彦 (良寛の甥馬之助の妻の実家主人) 宛ての手紙で「白幽子伝弥 (いよいよ) 御 つとめ被遊候哉 (あそばされそうろうや)。 野衲 (やのう・野僧。 私) は彼 (か) の 法を修 (しゅ) し候故か、当冬は寒気も凌ぎやすく覚 (おぼえ) 候」と言っ ている。 白幽に著書はない。 良寛は『夜船閑話』を読んで内観・軟蘇を 実践し、人にも勧めたと思われる>とあります。 今、『定本 良寛全集』第3巻(中央公論新社、2007年)によって、 その手紙(書簡番号121)を引いておきます。 (同書、200-201頁) 歳寒之時節、御清和に御凌被遊候や。 白幽子伝、弥御つとめ被遊 候哉。 野衲は彼の法を修し候故か、当冬は寒気も凌ぎやすく覚候。 有詩云。 紛紛莫逐物 黙黙宜守口 飯喫腸飢始 歯叩夢覚後 令気常盈内 外邪何謾受 我読白幽伝 聊得養生趣 七彦老 良寛 漢詩の読みを引いておきます。 紛紛 (ふんぷん) 物 (ぶつ) を逐 (お) ふこと莫 (なか) れ 黙黙 (もくもく) 宜 (よろ) しく口 (こう) を守るべし 飯 (いひ) は腸 (はら) 飢ゑて始めて喫 (きつ) し 歯は夢覚 (さ) めて後 (のち) に叩 (たた) く 気をして常に内に盈 (み) た令 (し) めば 外邪 (ぐわいじや) 何ぞ謾 (みだ) りに受けんと 我 白幽伝 (はくいうでん) を読み 聊 (いささ) か養生 (やうじやう) の趣 (おもむき) を得たり (注記)『定本 良寛全集』 (内山知也・谷川敏朗・松本市壽 編集)に は、 「七彦は、白幽の伝記を書き記していたようである。 良寛も七彦 に刺激されたか、あるいは「輭酥の法」をすすめられたかして、 実行してみた。 そこで七彦に対し、謝礼を含めた詩簡を送ったの である」とあります。 (201-202頁).

次の

消化器・糖尿病専門医による診療|天童市の内科・胃腸科

ばく さいとう ほ く 天童

夜 船 閑 話 夜 船 閑 話 序 窮 乏 庵 主 饑 凍 選 寶暦丁丑 (ていちう) の春長安の書肆 (しよし) 松月堂何某 (なにがし) とかや聞えし、遠く草書を裁 (さい) して吾が鵠林 (こふりん) 近侍の左右に寄せて云 (いは) く、伏して承る、老師の古紙堆 (こしたい) 中、夜船閑話 (やせんかんな) とかや云へる草稿あり、書中多く氣を錬り精を養ひ、人の營衞 (えいゑ) をして充たしめ、專 (もつぱ) ら長生久視 (ちやうせいきうし) の秘訣を聚 (あつ) む、謂はゆる神仙錬丹 (しんせんれんたん) の至要 (しえう) なりと。 是の故に世の好事 (かうず) の君子是 (こ) れを思ふ事、荒旱 (くわうかん) の雲霓 (うんげい) の如し。 偶々 (たまたま) 雲水の徒侶 (とりよ) 竊 (ひそか) に轉寫し來 (きた) るあるも、祕重し珍藏して人をして見せしめず。 天瓢 (てんぺう) 空しく櫃 (ひつ) にをさめて匿 (かく) したるが如し。 願くは是れを梓 (し) に壽 (いのちなが) ふして、以て其 (そ) の渇 (かつ) を慰 (ゐ) せん。 聞く、老師常に人を利するを以て老後を樂しみたまふと。 若 (も) し夫 (そ) れ人に利あらば、師豈 (あ) に是れを吝 (をし) みたまはんやと。 二虎 (にこ) 含み來 (きた) つて師に呈す。 師微々 (びび) として笑ふ。 此 (こゝ) において諸子舊書櫃 (きうしよき) を開けば、草稿蠹魚 (とぎよ) の腹中に葬らるゝもの中葉 (なかば) に過ぎたり。 諸子即ち訂正傳寫して既に五十來紙 (らいし) を見る。 即ち封裹 (ふうくわ) して以て京師 (けいし) に寄せんとす。 予が馬齒 (ばし) 一日 (いちじつ) も諸子に長 (ちやう) たるを以て、其の端由 (たんゆ) を書せん事を責む。 予も亦辭せずして書す。 云 (いは) く、師鵠林 (こふりん) に住する事大凡 (おほよそ) 四十年、鉢嚢 (はつなう) を掛けしより以來 (このかた) 、雲水參玄 (うんすゐさんげん) の布衲子 (ふのつす) 、纔 (わづ) かに門閫 (もんこん) に跨 (またが) れば、師の毒涎 (どくぜん) を甘 (あま) ない、通棒を滋 (うま) しとして、辭し去る事を怠 (わす) るゝ者、或は十年、或は二十年、鵠林々下の塵となる事も、亦總 (そう) に顧みざる底 (てい) あり。 盡 (ことごと) く是れ叢林 (そうりん) の頭角 (づかく) 、四方 (しはう) の精英なり。 各々 (おのおの) 西東 (さいとう) 五六里が間 (あひだ) に分れて、舊舎廢宅、老院破廟 (はべう) 、借りて以て菴居 (あんきよ) の處として淸苦 (せいく) す。 朝艱暮辛 (てうかんぼしん) 、晝餒夜凍 (ちうたいやとう) 、口に投ずる者は菜葉麥麩 (さいえふばくふ) 、耳に觸るゝ者は熱喝垢罵 (ねつかつくめ) 、骨に徹する者は嗔拳痛棒 (しんけんつうぼう) 、見る者顙 (ひたひ) を攅 (あつ) め、聞く者肌 (はだへ) に汗す。 鬼神 (きじん) もまた涙を浮べつべく、魔外 (まげ) もまた掌 (たなごゝろ) を合せつべし。 其の初め來 (きた) る時は、宋玉 (そうぎよく) 、何晏 (かあん) が美貌有りて、肌膚 (きふ) 光澤凝 (こ) れる膏 (あぶら) の如くなる者も、久しからずして、恰 (あたか) も杜甫、賈島 (かとう) が形容杜槁 (けいようこかう) 、顔色憔悴 (がんしよくせうすゐ) するが如く、或は屈子 (くつし) に澤畔 (たくはん) に逢ふが如し。 參玄軀命 (さんげんくみやう) を顧みざる底 (てい) の勇猛の上士 (じやうし) にあらざるよりんば、何の樂 (たのし) み有りてか、片時 (へんじ) も湊泊 (そうはく) する事を得んや。 是の故に、往々に參窮 (さんきゆう) 度に過ぎ、淸苦 (せいく)節 を失する族 (やから) は、肺金 (はいきん) いたみかじけ、水分枯渇して、疝癖塊痛 (せんぺきくわいつう) 、難治の重症を發せんとす。 是れを憐み是れを愁ひて、師不豫の色有る者連日、乍 (たちま) ち忍俊 (にんしゆん) 不禁にして、雲頭を按下 (あんげ) し、老婆の臭乳 (しうにう) を絞つて、是れに授くるに内觀の秘訣を以てす。 乃 (すなは) ち云 (いは) く、若 (も) し是れ參禪辨道の上士 (じやうし) 、心火 (しんくわ) 逆上し、身心勞疲し、五内 (ごない) 調和せざる事あらんに、鍼灸藥 (しん・きう・やく) の三つを以て是れを治 (ぢ) せんと欲せば、縱 (たと) ひ華陀扁倉 (くわだ・へん・さう) と云へども、輙 (たやす) く救ひ得 (う) る事能はじ。 我に仙人還丹 (せんにんげんたん) の秘訣あり、儞 (なんぢ) が輩 (ともがら) 試 (こゝろみ) に是れを修せよ、奇功を見る事、雲霧を披 (ひら) きて皎日 (かうじつ) を見るが如けん。 若し此の秘要 (ひえう) を修せんと欲せば、且 (しば) らく工夫を抛下 (はうげ) し、話頭を拈放 (ねんはう) して、先づ須 (すべか) らく熟睡一覺すべし。 其の未だ睡りにつかず、眼( まなこ) を合せざる以前に向 (むか) つて、長く兩脚 (りやうきやく) を展 (の) べ、強く踏みそろへ、一身の元氣をして、臍輪氣海丹田腰脚足心 (さいりん・きかい・たんでん・えうきやく・そくしん) の間 (あひだ) に充たしめ、時々 (じゞ) に此の觀を成すべし。 我が此の氣海丹田腰脚足心、總 (そう) に是れ我が本來の面目 (めんもく) 、面目何の鼻孔 (びこう) かある。 我が此の氣海丹田、總に是れ我が本分の家郷、家郷何の消息かある。 我が此の氣海丹田、總に是れ我が唯心 (ゆゐしん) の淨土、淨土何の莊嚴 (しやうごん) かある。 我が此の氣海丹田、總に是れ我が己心 (こしん) の彌陀 (みだ) 、彌佗何の法をか説くと、打返し打返し常に斯 (かく) の如く妄想 (まうざう) すべし。 妄想の功果 (こうくわ) 積らば、一身の元氣いつしか腰脚足心の間に充足して、臍下瓠然 (こぜん) たる事、未だ篠打 (しのうち) せざる鞠 (まり) の如 (ごと) けん。 恁麼 (いんも) に單々に妄想 (まうざう) し將 (も) ち去つて、五日 (じつ) 七日 (じつ) 乃至二三七日 (じつ) を經たらむに、從前の五積六聚 (ごしやくろくじゆ) 氣虚 (ききよ) 勞役 (らうえき) 等の諸症、底 (そこ) を拂つて平癒せずんば、老僧が頭 (かうべ) を切り將 (も) ち去れ。 此 (こゝ) に於て、諸子歡喜作禮 (くわんきさらい) して密々 (みつみつ) に精修す。 各々悉 (ことごと) く不思議の奇功を見る。 功の遲速は、進修の精麤 (せいそ) に依るといへども、大半 (たいはん) 皆全快す。 各々内觀の奇功を讃嘆して休 (や) まず。 師の曰く、儞 (なんぢ) が輩 (ともがら) 、心病全快を得て以て足れりとする事勿 (なか) れ。 轉 (うた) た治 (ぢ) せば轉 (うた) た參ぜよ。 轉 (うた) た悟らば轉 (うた) た進め。 老僧初め參學の時、難治の重病を發して、其の憂苦、諸子に十倍せり。 進退惟 (これ) 谷 (きは) まる。 尋常 (つねに) 心にひそかに思惟 (しゆゐ) すらく、生きて此の憂愁に沈まんよりは、如 (し) かじ早く此の革嚢 (かくなう) を捨てんにはと。 何の幸 (さひはひ) ぞや、此の内觀の秘訣をつたへて全快を得 (う) る事、今の諸子の如くならむとは。 至人 (しいじん) の云 (いは) く、此は是れ神仙長生不死の神術なり。 中下 (ちゆうげ) は世壽 (せいじゆ) 三百歳なるべし。 其の餘 (よ) は計り定むべからず。 予即ち歡喜に堪へず。 精修怠らざる者大凡 (おほよそ) 三年、心身次第に健康に、氣力次第に勇壯なる事を覺ゆ。 此 (こゝ) に於て、重ねて心に竊 (ひそ) かに謂 (おも) へらく、縱 (たと) ひ此の眞修を修し得て、彭祖 (はうそ) が八百の歳時 (さいじ) を保ち得るも、唯是れ一箇頑空無智 (ぐわんくうむち) の守屍鬼 (しゆしき) ならくのみ。 老狸 (らうり) の舊窠 (きうくわ) に睡るが如し。 終に壞滅 (ゑめつ) に歸せん。 何が故ぞ、今既に獨りも葛洪 (かつこう) 、鐡枴 (てつかい) 、張華 (ちやうくわ) 、費張 (ひちやう) が輩 (ともがら) を見ず。 如 (し) かじ、四弘 (しぐ) の大誓 (たいせい) を憤起し、菩薩の威儀を學び、常に大法施 (だいはふせ) を行 (ぎやう) じ、虚空 (こくう) に先 (さきだ) ちて死せず、虚空に後れて生ぜざる底 (てい) の不退堅固 (ふたいけんご) の眞法身 (しんほつしん) を打殺 (だせつ) し、金剛不壞 (こんがうふゑ) の大仙身 (だいせんしん) を成就せんにはと。 此 (こゝ) に於て、眞正參玄 (しんしやうさんげん) の上士 (じやうし) 兩三輩 (はい) を得て、内觀と參禪と共に合せ並べ貯へて、且つ耕し且つ戰ふ者、蓋 (けだ) し茲 (こゝ) に三十年。 年々一員を添へ二肩 (けん) を増し得て、今既に二百衆に近し。 其の中間、方來 (はうらい) の衲子 (のつす) 、勞屈疲倦 (らうくつひけん) の族 (やから) 、或は心火逆上し將 (まさ) に發狂せんとする底 (てい) を憐み、密 (つまびら) かに此の内觀の至要 (しえう) を傳授し、立所 (たちどころ) に快癒せしめ、轉 (うた) た悟れば轉 (うた) た進ましむ。 馬年 (ばねん) 今歳 (こんさい) 古稀に越えたりと云へども、半點の病患なく、齒牙 (しが) 全く搖落せず、眼耳 (がんに) 次第に分明 (ぶんみやう) にして、動 (やゝ) もすれば靉靆 (あいたい) を忘る。 毎月 (まいげつ) 兩度の法施 (はふせ) 終に怠倦 (たいけん) せず、請 (しやう) に佗方 (たはう) に應じて、三百五百の海象 (かいざう) を聚會 (しゆうゑ) して、或は五旬七旬を、經 (きやう) に録 (ろく) に、雲水の所望 (しよまう) に隨つて胡説亂道 (うせつらんだう) する者、大凡 (おほよそ) 五六十會 (ゑ) に及ぶといへども、終に一日も罷講 (はかう) 齋 (さい) を鎖 (とざ) さず。 身心健康、氣力は次第に二三十歳の時には遙かに勝 (ま) されり。 是れ皆彼 (か) の内觀の奇功に依る事を覺ゆ。 住菴 (じうあん) の諸子、各々悲泣作禮 (ひきうさらい) して云く、吾が師大慈大悲、願 (ねがは) くは内觀の大略 (たいりやく) を書せよ。 書して留 (とゞ)めて、後來 (こうらい) 禪病疲倦 (ぜんびやうひけん) 吾が輩 (ともがら) の如き者を救へ。 師即ち頷 (がん) す。 立處 (たちどころ) に草稿成る。 稿中何の説く所ぞ。 曰く、大凡 (おほよそ) 生を養ひ長壽を保つの要は、形を錬るに如 (し) かず。 形を錬るの要、神氣をして丹田氣海の間に凝 (こ) らさしむるにあり。 神 (しん) 凝る則 (とき) は氣聚 (あつま) る。 氣聚る則 (とき) は即ち眞丹 (しんたん) 成る。 丹成る則 (とき) は形 (かたち) 固し。 形固き則 (とき) は神 (しん) 全し。 神全き則 (とき) は壽 (いのちなが) し。 是れ仙人九轉還丹 (せんにんきうてんげんたん) の秘訣に契 (かな) へり。 須 (すべか) らく知るべし、丹 (たん) は果して外物 (ぐわいぶつ) に非ざる事を。 千萬 (せんばん) 唯 (たゞ) 心火 (しんくわ) を降下 (かうげ) し、氣海丹田の間に充たしむるに有るらくのみ。 住菴 (じうあん) の諸子、此の心要を勤めてはげみ、進んで怠らずんば、禪病を治 (ぢ) し勞疲を救ふのみにあらず、禪門向上の事に到つて、年來疑團 (ぎだん) あらむ人々は、大きに手を拍して大笑する底 (てい) の大歡喜有らん。 何が故ぞ、月高くして城影 (じやうえい) 盡 (つ) く。 維時 (これとき) 寶暦丁丑孟正 (まうしやう) 二十五蓂 (めい) 窮乏庵主饑凍 (きうぼふあんしゆきとう) 炷香 (ちうかう) 稽首題 (けいしゆだい) 夜 船 閑 話 白 隠 禅 師 山野 (さんや) 初め參學の日、誓つて、勇猛の信々 (しんじん) を憤發し、不退の道情 (だうじやう) を激起 (げきき) し、精錬 (せいれん) 刻苦する者既に兩三霜、乍 (たちま) ち一夜忽然 (こつぜん) として落節 (らくせつ) す、從前多少の疑惑、根 (こん) に和して氷融し、曠劫 (くわうがふ) 生死 (しやうじ) の業根 (ごふこん) 、底 (てい) に徹して漚滅 (おうめつ) す。 自 (みづか) ら謂 (おも) へらく、道 (みち) 人を去る事寔 (まこと) に遠からず、古人二三十年、是 (こ) れ何の捏怪 (ねつくわい) ぞと、怡悦 (いえつ) 蹈舞 (たうぶ) を忘るゝ者數月。 向後 (きやうご) 日用を廻顧 (くわいこ) するに、動靜 (どうじやう) の二境全く調和せず、去就 (きよしう) の兩邊總 (そう) に脱洒 (だつしや) ならず。 自 (みづか) ら謂 (おも) へらく、猛 (たけ) く精彩を著 (つ) け、重ねて一回捨命 (しやみやう) し去らむと、越 (こゝにおい) て牙關 (げくわん) を咬定 (かうぢやう) し、雙眼 (さうがん) 睛 (せい) を瞠開 (どうかい) し、寢食ともに廢せんとす。 既にして、未 (いま) だ期月 (きげつ) に亘 (わた) らざるに、心火 (しんくわ) 逆上し、肺金 (はいきん) 焦枯 (せうこ) して、雙脚 (さうきやく) 氷雪の底 (そこ) に浸すが如く、兩耳 (りやうじ) 溪聲 (けいせい) の間 (あいだ) を行くが如し。 肝膽 (かんたん) 常に怯弱 (きよじやく) にして、擧措 (きよそ) 恐怖多く、心身困倦 (こんけん) し、寐寤 (びご) 種々の境界を見る。 兩腋 (りやうえき) 常に汗を生じ、兩眼常に涙を帶ぶ。 此 (こゝ) に於て、遍 (あまね) く明師 (めいし) に投じ、廣く名醫を探ると云へども、百藥寸功 (すんこう) なし。 或人曰 (いは) く、城 (じやう) の白河の山裏 (さんり) に巖居 (がんきよ) せる者あり、世人 (せじん) 是れを名づけて白幽 (はくいう) 先生と云ふ、靈壽 (れいじゆ) 三四甲子 (かつし) を閲 (けみ) し、人居 (じんきよ) 三四里程を隔つ、人其の賢愚を辨ずる事なし、里人 (りじん) 專 (もつぱ) ら稱して仙人とす、聞く、故 (もと) の丈山氏の師範にして、精 (くは) しく天文に通じ、深く醫道に達す、人あり禮を盡して咨叩 (しこう) する則 (とき) は稀に微言を吐 (は) く、退きて是 (こ) れを考ふるに、大 (おほい) に人に利ありと。 此 (ここ) に於て寶永第七庚寅 (かういん) 孟正 (まうしやう) 中浣 (ちゆうくわん) 、竊 (ひそ) かに行纏 (あんてん) を著 (つ) け、濃東 (のうとう) を發し、黑谷 (くろだに) を越え、直 (たゞち) に白河の邑 (いふ) に到り、包 (つゝみ) を茶店 (さてん) におろして幽が巖栖 (がんせい) の處を尋 (たづ) ぬ、里人 (りじん) 遙 (はるか) に一枝 (いつし) の溪水を指 (ゆびさ) す、即ち彼 (か) の水聲に隨つて、遙 (はるか) に山溪に入 (い) る。 正 (まさ) に行く事里 (り) ばかりに、乍 (たちま) ち流水を踏斷 (たうだん) す。 樵徑 (せうけい) もまたなし。 時に一老夫あり、遙に雲煙の間 (あひだ) を指 (さ) す。 黄白 (わうはく) にして方 (はう) 寸餘 (すんよ) なる者あり、山氣に隨つて或 (あるひ) は顯はれ或は隱る。 是 (こ) れ幽が洞口 (どうこう) に垂下 (すゐげ) する所の蘆簾 (ろれん) なりと。 予即ち裳 (もすそ) を褰 (かゝ) げて上 (のぼ) る。 巉巖 (ざんがん) を踏み、蒙茸 (もうじよう) を披 (ひら) けば、氷雪草鞋 (さうあい) を咬 (か) み、雲露衲衣 (のふえ) を壓 (あつ) す。 辛汗 (しんかん) を滴 (したゝら) し、苦膏 (くかう) を流して、漸く彼 (か) の蘆簾の處に到れば風致淸絶實 (じつ) に物表 (ぶつぺう) に丁々 (ちやうちやう) たる事を覺ゆ。 心魂震 (ふる) ひ恐れ肌膚 (きふ) 戰慄す。 且 (しば) らく巖根 (がんこん) に倚 (よ) りて數息する者數百、少焉 (しばらく) ありて、衣 (ころも) を振ひ襟を正して、畏 (お) づ畏 (お) づ鞠躬 (きくきう) して簾子 (れんし) の中 (うち) を望めば、朦朧として幽が目を收めて端坐するを見る。 蒼髮 (そうはつ) 垂れて膝に到り、朱顔 (しゆがん) 麗 (うるはし) くして棗 (なつめ) の如し、大布 (たいふ) の袍 (はう) を掛け、輭草 (なんさう) の席に坐せり。 窟中 (くつちゆう) 纔 (わづか) に方 (はう) 五六笏 (しやく) にして、全く資生の具 (ぐ) 無し。 机上 (きじやう) 只 (たゞ) 中庸と老子と金剛般若とを置く。 予則 (すなは) ち禮を盡して、苦 (ねんご) ろに病因を告げ、且 (か) つ救ひを請ふ。 少焉 (しばらくありて) 幽眼 (まなこ) を開いて熟々 (つらつら) 視て、徐々として告げて曰く、我は是 (こ) れ山中半死の陳人 (ちんじん) 、櫨 (さ) 栗 (りつ) を拾ひて食 (くら) ひ麋鹿 (びろく) に伴つて睡る、此外 (このほか) 更に何をか知らんや、自 (みづか) ら愧 (は) づ、遠く上人 (しやうにん) の來望を勞する事を。 予即ち轉 (うた) た咨叩 (しこう) して休 (や) まず。 時に幽恬如 (てんじよ) として予が手を捉へて、精 (くは) しく五内 (ごだい) を窺 (うかゞ) ひ、九候を察す。 爪甲 (さうかう) 長き事半寸、慘乎 (しんこ) として顙 (ひたひ) を攅 (あつ) めてつげて云 (いは) く、已哉 (やんぬるかな) 、觀理 (くわんり) 度に過ぎ進修 (しんしう) 節を失して、終 (つひ) に此の重症を發す、實に醫治 (いぢ) し難 (がた) き者は公 (こう) の禪病なり、若 (も) し鍼灸藥 (しんきうやく) の三つの物を恃 (たの) みて、而 (しかう) して後に是 (こ) れを救はんと欲せば、扁倉 (へんそう) 力を盡し華陀 (くわだ) 顙 (ひたひ) を攅 (あつ) むるも、奇功を見る事能 (あた) はじ、公今 (いま) 觀理の爲 (た) めに破らる、勤めて内觀の功を積まずんば終 (つひ) に起 (た) つ事能はじ、是れ彼 (か) の起倒は必ず地に依るの謂 (いひ) なり。 予が曰く、願わくば内觀の要秘 (えうひ) を聞かん、學びがてらに是れを修せん。 幽肅々如 (しゆくしゆくじよ) として容 (かたち) をあらため從容 (しようよう) として告 (つげ) て曰く、嗚呼 (あゝ) 公の如きは問ふ事を好むの士なり、我が昔 (むか) し聞ける所を以て微 (すこ) しく公に告げんか、是れ養生の秘訣にして人の知る事稀なり、怠らずんば必ず奇功を見む、久視 (きうし) も亦期しつべし。 夫 (そ) れ大道 (だいどう) 分れて兩儀あり、陰陽 (いんやう) 交和して人物生 (うま) る、先天 (せんてん) の元氣中間に默運 (もくうん) して五臟列 (つらな) り經脈 (けいみやく) 行はる、衛氣 (えいき) 營血 (えいけつ) 互に昇降循環する者晝夜に大凡 (おほよそ) 五十度、肺金 (はいきん) は牝臟 (ひんざう) にして膈上 (かくじやう) に浮び肝木 (かんぼく) は牡臟 (ぼざう) にして膈下 (かくか) に沈む、心火 (しんくわ) は大陽 (たいやう) にして上部に位 (くらゐ) し腎水 (じんすゐ) は大陰 (たいいん) にして下部を占む。 五臟に七神 (しちじん) あり、脾腎 (ひじん) 各々二神を藏 (かく) す。 呼 (こ) は心肺より出 (い) で吸 (きう) は腎肝 (じんかん) に入 (い) る。 一呼に脈の行 (ゆ) く事三寸一吸に脈の行く事三寸、晝夜に一萬三千五百の氣息 (きそく) あり。 脈一身を巡行する事五十次 (じ) 、火は輕浮 (けいふ) にしてつねに騰昇 (とうしよう) を好み水は沈重 (ちんじう) にしてつねに下流を務 (つと) む。 若 (も) し人察せず、觀照或は節を失し志念 (しねん) 或は度に過ぐる時は心火熾衝 (ししよう) して肺金焦薄 (せうはく) す、金母(きんぼ)苦しむ則 (とき) は水子 (すゐし) 衰滅す、母子互に疲傷 (ひしやう) して、五位困倦 (こんけん) し六屬凌奪 (りやうだつ) す、四大増損 (ぞうそん )して各々 (おのおの) 百一の病 (やまひ) を生ず、百藥功を立つる事能 (あた) はず、衆醫 (しゆうい) 總 (そう) に手を束 (つか) ねて終 (つひ) に告ぐる處なきに到る。 蓋 (けだ) し生を養ふ事は國を守るが如し、明君聖主は常に心を下 (しも) に專 (もつぱら) にし暗君庸主 (ようしゆ) は常に心を上 (かみ) に恣 (ほしいまゝ) にす、上に恣にする則 (とき) は九卿 (きうけい) 權に誇り百僚寵 (ちやう) を恃 (たの) んで曾 (かつ) て民間の窮困を知る事なし、野 (や) に菜色 (さいしよく) 多く國餓莩 (がへう) 多し、賢良濳 (ひそ) み竄 (かく) れ臣民瞋 (いか) り恨む、諸侯離れ叛 (そむ) き衆夷 (しゆうい) 競 (きそ) ひ起 (おこ) つて、終に民庶を塗炭 (とたん) にし國脈永く斷絶するに到る。 心を下 (しも) に專 (もつぱら) にする則 (とき) は九卿儉 (けん) を守り百僚約 (やく) を勤めて常に民間の勞疲を忘るゝ事なし、農に餘 (あま) んの粟 (ぞく) あり婦 (ふ) に餘んの布 (ふ) ありて、群賢來 (きた) り屬し諸侯恐れ服して民肥 (こ) え國強く令に違 (ゐ) するの烝民 (じようみん) なく境 (さかひ) を侵すの敵國なし、國刁斗 (てうと) の聲を聞く事なく民戈戟 (くわげき) の名を知らず。 人身 (じんしん) もまた然 (しか) り、至人 (しいじん) は常に心氣をして下 (しも) に充たしむ、心氣下に充つる時は七凶 (しちきよう) 内に動く事無く四邪 (しじや) また外 (そと) より窺 (うかゞ) ふ事能はず、營衛 (えいゑ) 充ち心神健 (すこや) かなり、口終 (つひ) に藥餌の甘酸 (かんさん) を知らず、身終 (つひ) に鍼灸 (しんきう) の痛痒 (つうやう) を受けず。 庸流 (ようりう) は常に心氣をして上 (かみ) に恣 (ほしいまゝ) にす、上 (かみ) に恣 (ほしいまゝ) にする時は左寸 (さすん) の火 (くわ) 右寸 (うすん) の金 (きん) を剋 (こく) して五官縮 (ちゞま) り疲れ六親 (りくしん) 苦しみ恨む。 是 (こ) の故に、漆園 (しつえん) 曰く、眞人 (しんじん) の息 (いき) は是れを息 (そく) するに踵 (くびす) を以てし、衆人の息 (いき) は是れを息 (そく) するに喉 (のんど) を以てす。 許俊 (きよしゆん) が云 (いは) く、蓋 (けだ) し氣下焦 (かせう) に在る則 (とき) は其の息遠く、氣上焦 (じやうせう) に在る則は其の息 (いき) 促 (しゞ) まる。 上陽子 (じやうやうし) が曰く、人に眞一の氣有り、丹田 (たんでん) の中 (うち) に降下 (かうげ) する則 (とき) は一陽また復す、若し人始陽 (しやう) 初復 (しよふく) の候を知らんと欲せば暖氣を以て是れが信とすべし、大凡 (おほよそ) 生を養ふの道、上部は常に淸凉ならん事を要し下部は常に温暖ならん事を要せよ。 夫 (そ) れ經脈の十二は支 (し) の十二に配し月の十二に應じ時の十二に合 (がつ) す、六爻 (かう) 變化再周して一歳を全 (まつた) ふするが如し。 五陰 (ごいん) 上 (かみ) に居 (きよ) し一陽下 (しも) を占む、是れを地雷復 (ぢらいふく) と云ふ、冬至 (とうじ) の候なり、眞人の息 (いき) は是れを息 (そく) するに踵 (くびす) を以てするの謂 (いひ) か。 三陽下 (しも) に居 (きよ) し三陰上 (かみ) に居 (きよ) す、是れを地天泰 (ちてんたい) と云ふ、孟正 (まうしやう) の候なり、萬物發生の氣を含んで、百卉 (ひやつき) 春化 (しゆんくわ) の澤 (たく) を受く、至人 (しいじん) 元氣をして下 (しも) に充たしむるの象 (しやう) 、人是れを得る則 (とき) は、營衛 (えいゑ) 充實し氣力勇壯なり。 五陰下 (しも) に居 (きよ) し一陽上 (かみ) に止 (とゞ) まる、是れを山地剥 (さんちはく) といふ、九月の候なり、天是れを得る則 (とき) は、林苑 (りんゑん) 色を失し百卉 (ひやつき) 荒落 (くわうらく) す、是れ衆人の息は、是れを息 (そく) するに喉 (のんど) を以てするの象 (しやう) 、人是れを得る則 (とき) は、形容枯槁 (こかう) し齒牙 (しが) 搖落す。 所以 (このゆゑ) に延壽 (えんじゆ) 書に云く、六陽共に盡く、則ち是れ全陰 (ぜんいん) の人死し易し。 須 (すべか) らく知るべし、元氣をして常に下 (しも) に充たしむ、是れ生を養ふ樞要 (すうえう) なる事を。 昔 (むか)し呉契初 (ごけいしよ) 石臺 (せきだい) 先生に見 (まみ) ゆ、齋戒して錬丹 (れんたん) の術を問ふ。 先生の云く、我に元玄眞丹 (げんげんしんたん) の神秘あり、上々の器 (き)にあらざるよりんば得て傳ふべからず。 古へ廣成子 (くわうせいし) 是れを以て黃帝に傳ふ、帝 (てい) 三七齋戒して是れを受く。 夫 (そ) れ大道の外 (ほか) に眞丹なく、眞丹の外に大道なし。 蓋し五無漏 (ごむろ) の法あり、儞 (なんぢ) の六欲を去り五官各々其の職を忘るゝ則 (とき) は、混然たる本源の眞氣彷彿 (ほうふつ) として目前に充 (み) つ、是れ彼 (か) の大白道人 (たいはくだうじん) の謂 (いは) ゆる我が天を以て事 (つか) ふる所の天に合 (がつ) する者なり。 孟軻 (まうか) 氏の謂 (いは) ゆる浩然の氣、是れをひきゐて臍輪氣海丹田 (さいりん・きかい・たんでん) の間 (あひだ) に藏 (おさ) めて、歳月を重ねて、是れを守つて守一 (しゆいつ) にし去り是れを養ふて無適にし去つて、一朝乍 (たちま) ち丹竈 (たんさう) を掀飜 (きんぽん) する則 (とき) は、内外中間八紘 (はつかう) 四維 (しゆゐ) 總 (そう) に是れ一枚の大還丹 (だいげんたん) 、此の時に當 (あた) つて、初めて自己即ち是れ天地に先 (さきだ) ちて生せず、虚空 (こくう) に後れて死せざる底 (てい) の眞箇 (しんこ) 長生久視の大神仙なる事を覺得 (かくとく) せん、是れを眞正丹竈 (たんさう) 功成る底 (てい) の時節とす。 豈 (あに) 風に御 (ぎよ) し、霞に跨 (またが) り、地を縮め、水 (みづ) を蹈 (ふ) む等の鎖末 (さまつ) たる幻事 (げんじ) を以て懷 (くわい) とする者ならんや。 大洋を攪 (か) いて酥酪 (そらく) とし、厚土 (こうど) を變じて黃金 (わうごん) とす。 前賢 (ぜんけん) 曰く、丹 (たん) は丹田なり、液 (えき) は肺液なり、肺液を以て丹田に還 (かへ) す、是の故に金液還丹 (きんえきげんたん) といふ。 予が曰く、謹んで命 (めい) を聞 (き) いつ、且 (しば) らく禪觀を抛下 (はうげ) し、努め力 (つと) めて治 (ぢ) するを以て期 (ご) とせん、恐るゝ所は、李士才 (りしさい) が謂 (いは) ゆる淸降 (せいこう) に偏 (へん) なる者にあらずや、心を一處 (いつしよ) に制せば、氣血 (きけつ) 或は滯碍 (たいげ) する事なからんか。 幽微々 (びゞ) として笑つて云 (いは) く、然 (しか) らず、李氏いはずや、火の性 (せい) は炎上なり宜 (よろ) しく是れを下らしむべし、水の性は下 (くだ) れるに就く宜しく是れをして上 (のぼ) らしむべし。 水上 (のぼ) り火下 (くだ) る、是れを名 (なづ) けて交 (かう) と云ふ、交 (まじは) る則 (とき) は既濟 (きせい) とす、交らざる則は未濟 (みせい) とす、交は生の象 (しやう) 不交は死の象なり。 李家 (りか) が謂ゆる淸降に偏なりとは丹溪 (たんけい) を學ぶ者の弊 (へい) を救はんとなり。 古人曰く、相火 (しやうくわ) 上 (のぼ) り易きは身中 (しんちゆう) の苦 (くるし) む所、水を補ふは火を制する所以 (ゆゑん) なり。 蓋し火 (くわ) に君相 (くん・しやう) の二義あり、君火 (くんくわ) は上 (かみ) に居 (きよ) して靜を主 (つかさ) どり相火 (しやうくわ) は下 (しも) に處して動 (どう) を主どる。 君火は是れ一身の主 (しゆ) なり相火は宰輔 (さいほ) たり。 蓋 (けだ) し相火 (しやうくわ) に兩般 (りやうはん) あり、謂 (いは) ゆる腎と肝となり、肝は雷 (らい) に比し腎は龍 (りよう) に比す。 是の故に云ふ、龍をして海底に歸せしめば必ず迅發 (じんぱつ) の雷 (らい) なけん、但 (たゞ) し雷をして澤中 (たくちゆう) に藏 (かく) れしめば必ず飛騰 (ひとう) の龍 (りよう) なけん、海 (うみ) か澤 (たく) か、水にあらずと云ふ事なし、是れ相火 (しやうくわ) 上 (のぼ) り易きを制するの語にあらずや。 又曰く、心 (しん) 勞煩 (らうはん) する則 (とき) は、虚 (きよ) して心 (しん) 熱す、心 (しん) 虚する則は、是れを補するに心を下 (くだ) して腎に交 (まじ) ふ、是れを補 (ほ) といふ、既濟 (きせい) の道なり。 公先 (さき) に心火 (しんくわ) 逆上して此の重痾 (じうあ) を發す、若 (も) し心 (しん) を降下 (こうげ) せずんば、縱 (たと) ひ三界の秘密を行 (ぎやう) じ盡 (つく) したりとも起 (た) つ事得じ。 且つ又我が形模 (けいぼ) 、道家者流に類 (るい) するを以て、大 (おほい) に釋 (しやく) に異なる者とするか、是れ禪なり、他日打發 (だはつ) せば大 (おほい) に笑ひつべきの事有らむ。 夫 (そ) れ觀は無觀を以て正觀 (しやうくわん) とす、多觀の者を邪觀とす。 向 (さき) に公、多觀を以て此の重症を見る、今是れを救ふに無觀を以てす、また可ならずや。 公 (こう) 若し心炎意火 (しんえんいくわ) を收めて丹田及び足心 (そくしん) の間 (あひだ) におかば、胸膈自然に淸凉にして、一點の計較思想 (けいこうしさう) なく、一滴の識浪情波 (しきらうじやうは) なけん、是れ眞觀淸淨觀 (しんくわんしやうじやうくわん) なり、云ふ事なかれ、しばらく禪觀を抛下 (はうげ) せんと。 佛 (ぶつ) の言 (いは) く、心 (こゝろ) を足心にをさめて能く百一の病を治 (ぢ) すと。 阿含 (あごん) に酥 (そ) を用ゆるの法あり、心 (しん) の勞疲を救ふ事尤 (もつと) も妙なり。 天台の摩訶止觀に、病因を論ずる事甚だ盡 (つく) せり、治法 (ぢはふ) を説く事も亦甚だ精密なり、十二種の息 (そく) あり、よく衆病を治 (ぢ) す、臍輪 (さいりん) を縁 (えん) して豆子 (とうし) を見るの法あり、其の大意、心火 (しんくわ) を降下 (かうげ) して丹田及び足心に收むるを以て至要とす、但 (たゞ) 病を治するのみにあらず、大 (おほい) に禪觀を助く。 蓋し繋縁諦眞 (けいえん・たいしん) の二止 (にし) あり、諦眞 (たいしん) は實相の圓觀、繋縁 (けいえん) は心氣を臍輪氣海丹田 (さいりん・きかい・たんでん) の間に收め守るを以て第一とす、行者 (ぎやうじや) 是れを用 (もち) ゆるに大に利あり。 古 (いにし) へ永平の開祖師 (かいそし) 、大宋に入 (い) つて如淨 (によじやう) を天童に拜す。 師一日 (いちじつ) 密室に入 (い) つて益を請ふ、淨曰く、元子 (げんし) 坐禪の時、心 (こゝろ) を左 (ひだり) の掌 (たなごころ) の上におくべしと、是れ即ち顗師 (ぎし) の謂ゆる繋縁止 (けいえんし) の大略なり。 顗師 (ぎし) 始め此の繋縁内觀 (けいえんないくわん) の秘訣を敎へて、其の家兄鎭愼 (ちんしん) が重痾を萬死 (ばんし) の中 (うち) に助け救ひたまふ事は、精しくは小止觀の中 (うち) に説けり。 また白雲和尚曰く、我常に心をして腔子 (くうし) の中 (うち) に充たしむ、徒 (と) を匡 (ただ) し衆を領し賓 (ひん) を接し機に應じ及び小參普説 (せうさんふせつ) 七縱八横 (しちじゆう・はちわう) の間に於 (お) いて、是れを用ひて盡くる事なし、老來 (らうらい) 殊に利益 (りやく) 多き事を覺ゆと。 寔 (まこと) に貴 (たつと) ぶべし。 是れ蓋 (けだ) し素問 (そもん) に謂 (いは) ゆる恬澹虚無 (てんたん・きよむ) なれば眞氣 (しんき) これにしたがふ、精神内 (うち) に守らば病何 (いづ) れより來 (きた) らんといふ語に本づき玉 (たま) ふものならむか。 且つ夫 (そ) れ内に守るの要、元氣をして一身の中 (うち) に充塞 (じうそく) せしめ、三百六十の骨節、八萬四千の毛竅 (まうけう) 、一毫髮( いちがうはつ) ばかりも欠缺 (けんけつ) の處なからしめん事を要す、是れ生を養ふ至要なる事を知るべし。 彭祖 (はうそ) が曰く、和神導氣 (わしん・だうき) の法、當 (まさ) に深く密室を鎖 (とざ) し、牀 (しやう) を安 (あん) じ、席を煖 (あたた) め、枕の高さ二寸半、正身 (しやうしん) 偃臥 (えんぐわ) し、瞑目 (めいもく) して、心氣を胸膈の中 (うち) に閉 (とざ) し、鴻毛 (こうもう) を鼻上 (びじやう) につけて動かざる事三百息 (そく) を經て、耳聞く處なく目見る所なく、斯 (かく) の如くなる則 (とき) は寒暑も侵す事能はず蜂蠆 (ほうたい) も毒する事能はず、壽 (じゆ) 三百六十歳、是れ眞人に近しと。 又蘇内翰 (そないかん) が曰く、已 (すで) に飢ゑて方 (まさ) に食し未 (いま) だ飽かずして先づ止む、散歩逍遙して務 (つと) めて腹をして空 (むな) しからしめ、腹の空 (くう) なる時に當つて即ち靜室 (じやうしつ) に入 (い) り端坐默然 (たざもくねん) して出入 (しゆつにふ) の息 (いき) を數へよ、一息 (そく) より數へて十に到り、十より數へて百に到り、百より數へ放 (はな) ち去つて千に到りて、此身兀然 (こつねん) として此の心 (こゝろ) 寂然 (じやくねん) たる事、虚空と等 (ひと) し、斯 (かく) の如くなる事久 (ひさし) ふして、一息 (そく) おのづから止 (とど) まり出 (い) でず入ら (い) ざる時、此の息 (いき) 八萬四千の毛竅 (まうけう) の中 (うち) より雲蒸し霧起るが如く、無始劫來 (むしごふらい) の諸病自 (おのづか) ら除き、諸障 (しよしやう) 自然 (じねん) に除滅 (ぢよめつ) する事を明悟 (めいご) せん、譬 (たと) へば盲人の忽然 (こつぜん) として眼 (まなこ) を開くが如けん。 此の時人に尋ねて路頭を指す事を用ひず、只要す、尋常 (つねに) 言語を省略して儞 (なんぢ) の元氣を長養 (ちやうやう) せん事を、是 (こ) の故に云ふ、目力 (もくりよく) を養ふ者は常に瞑し、耳根 (じこん) を養ふ者は常に飽き、心氣を養ふ者は常に默すと。 予が曰く、酥 (そ) を用ゆるの法得て聞いつべしや。 幽 (いう) が曰く、行者 (ぎやうじや) 定中 (じやうちゆう) 四大 (しだい) 調和せず、身心ともに勞疲する事を覺 (かく) せば、心を起して應 (まさ) に此の想 (さう) をなすべし、譬へば色香 (しきかう) 淸淨 (しやうじやう) の輭酥 (なんそ) 鴨卵 (あふらん) の大 (おほい) さの如くなる者、頂上に頓在 (とんざい) せんに、其の氣味微妙 (みめう) にして、遍 (あまねく) く頭顱 (づろ) の間 (あひだ) をうるほし、浸々 (しんしん) として潤下 (じゆんか) し來 (きた) つて、兩肩 (りやうけん) 及び双臂 (さうひ) 、兩乳 (りやうにう) 胸膈 (きようかく) の間 (あひだ) 、肺肝 (はいかん) 腸胃 (ちやうゐ) 、脊梁 (せきりやう) 臀骨 (どんこつ) 、次第に沾注 (てんちう) し將 (も) ち去る。 此時に當つて、胸中の五積 (しやく) 六聚 (しゆ) 、疝癪 (せんべき) 塊痛 (くわいつう) 、心に隨つて降下 (かうげ) する事、水の下 (しも) につくが如く歴々として聞 (こゑ) あり、遍身 (へんしん) を周流し、雙脚 (さうきやく) を温潤し、足心 (そくしん) に至つて即ち止む。 行者再び應 (まさ) に此の觀をなすべし、彼 (か) の浸々として潤下 (じゆんか) する所の餘流 (よりう) 、積り湛 (たた) へて暖め蘸 (ひた) す事、恰 (あたか) も世の良醫の種々妙香 (めうかう) の藥物 (やくぶつ) を集め、是れを煎湯 (せんたう) して浴盤 (よくばん) の中 (なか) に盛り湛へて、我が臍輪 (さいりん) 以下を漬 (つ) け蘸 (ひた) すが如し。 此の觀をなす時唯心 (ゆゐしん) の所現 (しよげん) の故に、鼻根 (びこん) 乍 (たちま) ち希有 (けう) の香氣を聞き、身根 (しんこん) 俄かに妙好 (めうかう) の輭觸 (なんしよく) を受く。 身心 (しんしん) 調適 (てうてき) なる事、二三十歳の時には遙かに勝 (まさ) れり。 此の時に當つて、積聚 (しやくじゆ) を消融 (せうゆう) し腸胃 (ちやうゐ) を調和し、覺えず肌膚 (きふ) 光澤を生ず。 若 (も) し夫 (そ) れ勤めて怠らずんば、何 (なに) の病 (やまひ) か治 (ぢ) せざらん、何 (なに) の德か積まらざん、何の仙 (せん) か成 (じやう) ぜざる、何の道か成ぜざる。 其の功驗 (こうけん) の遲速は行人 (ぎやうにん) の進修 (しんしう) の精麤 (せいそ) に依 (よ) るらくのみ。 走 (そう) 始め丱歳 (くわんさい) の時、多病にして、公 (こう) の患 (うれひ) に十倍しき、衆醫總 (そう) に顧 (かへり) みざるに到る。 百端を窮 (きは) むといへども、救ふべきの術 (じゆつ) なし。 此 (こゝ) に於て、上下の神祇 (じんぎ) に祈つて天仙の冥助( みやうじよ) を請ひ願ふ。 何の幸 (さいはひ) ぞや、計らずも此 (この) 輭酥 (なんそ) の妙術を傳受する事を。 觀喜 (くわんき) に堪へず、綿々として精修 (せいしう) す。 未 (いま) だ期月 (きげつ) ならざるに、衆病 (しゆうびやう) 大半消除す。 爾來 (じらい) 身心輕安なる事を覺ゆるのみ。 癡々 (ちゝ) 兀々 (こつこつ) 月の大小を記せず、年の閏餘 (じゆんよ) を知らず、世念 (せねん) 次第に輕微にして、人欲 (じんよく) の舊習 (きうしう) もいつしか忘れたるが如し、馬年 (ばねん) 今歳 (こんさい) 何十歳なる事もまた知らず。 中頃端由 (たんゆ) 有りて若州 (じやくしう) の山中に潜遁 (せんとん) する者大凡 (おほよそ) 三十歳、世人都 (すべ) て知る事なし。 其の中間を顧 (かへりみ) るに、恰 (あたか) も黃粱 (くわうりやう) 半熟の一夢 (いちむ) の如し。 今此の山中無人 (むにん) の處に向つて、此の枯槁 (こかう) の一具骨 (いちぐこつ) を放つて、大布 (たいふ) の單衣 (たんい) 纔 (わづか) に二三片を掛け、嚴冬の寒威 (かんゐ) 綿を折 (くじ) くの夜 (よ) といへども、枯腸 (こちやう) を凍損 (とうそん) するに到らず、山粒 (さんりふ) すでに斷 (た) えて穀氣 (こくき) を受けざる事動 (やや) もすれば數月に及ぶといへども、終に凍餧 (とうたい) の覺 (おぼえ) もなき事は、皆此の觀 (くわん) の力ならずや。 我今既に公に告ぐるに一生用ひ盡 (つく) さざる底 (てい) の秘訣を以てす、此外 (このほか) 更に何をか云はんやと云つて、目を收めて默坐す。 予も亦涙を含んで禮辭 (らいじ) す。 徐々として洞口 (どうこう) を下れば、木末 (こずゑ) 纔 (わづ) かに殘陽 (ざんやう) を掛く。 時に屐聲 (げいせい) の丁々 (たうたう) として山谷 (さんこく) に答ふるあり。 且つ驚き且つ怪んで、畏 (お) づ畏 (お) づ回顧すれば、遙に幽 (いう) が巖窟を離れて自 (みづか) ら送り來 (きた) るを見る。 即ち曰く、人迹不到 (じんせきふたう) の山路 (さんろ) 西東 (さいとう) 分 (わか) ち難 (がた) し、恐らくは歸客 (きかく) を惱 (なやま) せん、老父しばらく歸程 (きてい) を導かんと云つて、大駒屐 (だいくげき) を著 (つ) け痩鳩杖 (そうきうぢやう) をひき、巉巖 (ざんがん) を踏み嶮岨(けんそ)を陟 (わた) る事、飄々 (へうへう) として坦途 (たんと) を行くが如く、談笑して先驅す。 山路遙かに里許 (りばかり) を下 (くだ) りて、彼 (か) の溪水 (けいすゐ) の所に到つて、即ち曰く、此の流水に隨ひ下らば、必ず白川 (しらかは) の邑 (いふ) に到らんと云つて、慘然 (さんぜん) として別る。 且 (しば) らく柴立 (さいりつ) して、幽が回歩 (くわいほ) を目送するに、其の老歩 (らうほ) の勇壯なる事、飄然 (へうぜん) として世を遁れて羽化して登仙する人の如し。 且つ羨み且つ敬 (けい) す。 自 (みづか) ら恨む、世を終るまで此等の人に隨逐 (ずゐちく) する事能 (あた) はざる事を。 徐々として歸り來 (きた) つて、時々に彼 (か) の内觀を潜修 (せんしう) するに、纔 (わづか) に三年に充たざるに、從前の衆病 (しゆうびやう) 、藥餌 (やくじ) を用ひず鍼灸 (しんきう) を假 (か) らず、任運 (にんうん) に除遣 (ぢよけん) す。 特 (ひと) り病を治 (じ) するのみにあらず、從前手脚 (しゆきやく) を挾 (さしはさ) む事を得ず、齒牙 (しが) を下す事を得ざる底 (てい) の難信難透難解 (なんげ) 難入 (なんにう) 底 (てい) の一著子 (ちやくし) 、根 (こん) に透 (とほ) り底 (てい) に徹して、透得過 (とうとくくわ) して大觀喜 (だいくわんき) を得 (う) る者、大凡 (おほよそ) 六七回、其の餘 (よ) の小悟 (せうご) 、怡悦 (いえつ) 踏舞 (たうぶ) を忘るゝ者、數 (かず) を知らず。 妙喜 (めうき) の謂 (いは) ゆる大悟 (だいご) 十八度小悟 (せうご) 數 (かず) を知らずと、初めて知る、寔 (まこと) に我を欺かざる事を。 古 (いにし) へ二三 緉 の襪 (べつ) を著 (つ) くといへども、足心 (そくしん) 常に氷雪の底 (そこ) に浸すが如くなる者、今既に三冬 (さんとう) 嚴寒の日といへども、襪 (べつ) せず爐 (ろ) せず、馬齒 (ばし) 既に古稀を越えたりといへども、指すべき半點の小病も亦なき事は、彼 (か) の神術の餘勳 (よくん) ならんか。 云ふ事なかれ、鵠林 (こふりん) 半死の殘喘 (ざんぜん) 、多小無義荒唐 (むぎくわうたう) の妄談 (もうだん) を記取して、以て佗 (た) の上流を誑惑 (きやうわく) すと。 是れ宿 (つと) に靈骨有つて、一槌 (つゐ) に既に成 (じやう) ずる底 (てい) の俊流 (しゆんりう) の爲に設くるにあらず。 癡鈍 (ちどん) 予が如く、勞病予に類 (るい) する底 (てい) 、看讀 (かんどく) して仔細に觀察せば、必ず少しき補 (おぎなひ) ならんか。 只恐る、別人の手を拍 (はく) して大笑せん事を。 何が故ぞ、馬 (うま) 枯萁 (こき) を咬 (か) んで午枕 (ごちん) に喧 (かまび) すし。 (終) (注)1.上記の本文は、 所収の 『 』(白隠禅師著、熊谷逸仙注。 東京:宝永館書店、 明治45年 6月4日発 行)によりました。 2.上記本文は総ルビなっていますが、ここでは一部読み仮名を省略し てあります。 3.上記本文の句読点を、引用者の判断で改めた箇所があります。 4.『白隠和尚全集 第五巻』所収の「夜船閑話」によれば、ここに引 用した本文は、「巻之上」となっていて、「何某之國何城之大主何姓 何某侯の閣下近侍の需めに應ぜし草稿」として「巻之下」があります。 (『白隠和尚全集 第五巻』は、白隠和尚全集編纂会・編纂、龍吟社・ 昭和9年5月25日発行。 ) これについては、伊豆山格堂氏著『 白隠禅師 夜船閑話』 (春秋社、 1983年2月25日初版第1刷発行、2002年2月25日新装版第1刷発行) の「解説」 に、「『夜船閑話』には一巻本と、「巻第一」と「巻第二」より成る二 巻本とがある。 一巻本と二巻本の「巻第一」は同一の内容で、世に聞こ えた『夜船閑話』はこれに外ならない。 二巻本の「巻第二」は「小島城 之大守松平房州殿下近侍の需 (もと) めに応ぜし草稿」と題されており、 禅仏教の精神に基づいて、驕奢を慎しみ、仁政を行うべき事を懇ろに説 いたもので、「巻第一」と内容的に全く関係が無い。 一巻本や二巻本 「巻第一」の『夜船閑話』は、白隠自らの闘病の体験記録である。 (中略) 異質の物がどうして一冊にされたのか、その理由はわからない。 おそら く出版上の便宜的事情に依ることと思われる」とあります。 5.「夜船閑話序」の初めに出てくる 「鵠林」に、ここでは「こふりん」と 読み仮名がついていますが、上記の伊豆山格堂氏著『 白隠禅師 夜船閑話』 では「こくりん」と読ませており、「松蔭寺の山号を鶴林山 (かくりんざん) と言う。 鵠 (こく) は白鳥 (はくちょう) の事であるが、鶴と同種であるところ から、白隠和尚は「鵠林」 (こくりん) を別称として用いた」と注しておら れます(同書、5頁)。 また、 「營衛」(えいゑ)の読みについても、現代仮名遣いで「えいえ い」と読み仮名を付けて、「本来は昔の軍隊用語。 営は将軍の本陣、衛は 士卒の陣。 古代医書『黄帝内経』によれば、「営」は血が脉 (みゃく) 中に 行き、「衛」は気がそれを引いて脉外を運行すること。 本文の場合、血と 気が不足なく充満する意」と注しておられます。 「 輭酥 (なんそ) 」の「輭」は、手元の漢和辞典に「軟」の異体字とありま す。 「酥」は、「牛・羊・馬などの乳を煮つめた乳製品。 クリーム」とあり ます。 この「 輭酥 」を「 輭 蘇」とする本もあるようで、「蘇」は「 酥 」と通 じて用いられたようです。 6.白隠禅師の「軟酥の法(なんそのほう)」としてよく知られているの は、主として本文の次の部分だと思われます。 「 予が曰く、酥を用ゆるの法得て聞いつべしや。 幽が曰く、行者定中四大調和せず、 身心ともに勞疲する事を覺せば、心を起して應に此の想をなすべし、譬へば色香淸 淨の輭酥鴨卵の大さの如くなる者、頂上に頓在せんに、其の氣味微妙にして、遍く 頭顱の間をうるほし、浸々として潤下し來つて、兩肩及び双臂、兩乳胸膈の間、肺 肝腸胃、脊梁臀骨、次第に沾注し將ち去る。 此時に當つて、胸中の五積六聚、疝癪 塊痛、心に隨つて降下する事、水の下につくが如く歴々として聞あり、遍身を周流 し、雙脚を温潤し、足心に至つて即ち止む。 行者再び應に此の觀をなすべし、彼の 浸々として潤下する所の餘流、積り湛へて暖め蘸す事、恰も世の良醫の種々妙香の 藥物を集め、是れを煎湯して浴盤の中に盛り湛へて、我が臍輪以下を漬け蘸すが如 し、此の觀をなす時唯心の所現の故に、鼻根乍ち希有の香氣を聞き、身根俄かに妙 好の輭觸を受く。 身心調適なる事、二三十歳の時には遙かに勝れり。 此の時に當つ て、積聚を消融し腸胃を調和し、覺えず肌膚光澤を生ず。 若し夫れ勤めて怠らずん ば、何の病か治せざらん、何の德か積まらざん、何の仙か成ぜざる、何の道か成ぜ ざる。 其の功驗の遲速は行人の進修の精麤に依るらくのみ。 」 7.白隠(はくいん)=江戸中期の臨済宗の僧。 名は慧鶴 えかく 、号は鵠 林。 駿河の人。 若くして各地で修行、京都妙心寺第一座となっ た後も諸国を遍歴教化、駿河の松蔭寺などを復興したほか多く の信者を集め、臨済宗中興の祖と称された。 気魄ある禅画をよ くした。 諡号 しごう は神機独妙禅師・正宗国師。 著「荊叢毒蘂」 「息耕録」「槐安国語」「遠羅天釜おらでがま」「夜船閑話」な ど。 (1685-1768) 夜船閑話(やせんかんな)=仮名法語。 白隠 はくいん の著。 17 57年(宝暦7)刊。 過度の禅修行による病いの治療法として、 身心を安楽にする観法を説いたもの。 遠羅天釜(おらでがま)=仮名法語。 白隠の著。 1749年(寛延2)刊。 武士参禅のこと、病中修行の 用意および自らの法華経観を述べる。 おらてがま。 (以上、『広辞苑』第6版による。 ) 8. 』に、 「 」の項があり ます。 9.『vivid 静寂庵』というサイトに、「白隠禅師《夜船閑話》」の ページがあり、ここで「夜船閑話」の口語訳が見られます。 春秋社、1983年2月25日初版 第1刷発行、2002年2月25日新装版第1刷発行) を挙げておきます。 この本は、原文の他に、詳しい語釈、現代語訳があって、 読みやすく、また、巻末の「解説」も大変参考になります。 なお、伊豆山格堂氏が解説の中で挙げておられる参考書を、次にい くつか紹介しておきます。 『 評釈 夜船閑話』(陸川堆雲著。 昭和37年、山喜房仏書林) 『 禅的腹式呼吸 夜船閑話氷釈』(虚白道人釈。 明治44年、東京弘学館) (昭和3年大阪文友堂版は『白隠夜船閑話氷釈』と改題) 『 白隠禅師 夜船閑話』(高山俊著。 大法輪閣、昭和18年初版、 同50年改訂版) 『日本の禅語録19 白隠』(鎌田茂雄著。 大蔵新書11、昭和54年) 『夜船閑話講話』(大西良慶著。 大法輪閣、昭和57年) なお、白隠和尚の自筆刻本に準拠した刊本に、 大日本文庫本『白隠禅師集』(昭和13年。 大日本文庫刊行会) があるそうです。 11. 白幽について 伊豆山格堂氏の本文の注には、「 白幽先生 白河の幽人(隠者)の 意で名づけられたものであろう」(41頁)とありますが、巻末の「解 説」に、「『白隠年譜』によれば、白隠の白幽訪問は宝永7年(1710) 26歳の時であり、「年譜草稿」によれば正徳5年(1715)31歳の時で ある。 然るに白幽は宝永6年64歳の時、山から落ち、病を得て歿した。 明らかに辻褄が合わない」以下、白幽についての詳しい紹介がありま す(同書、114-119頁)。 白隠禅師が自分の説を述べるために仮に設 けた人物ではないかと、一時、白幽の実在を疑う人もいたようですが、 実在の人物であることは確かなようです。 しかし、白隠禅師が白幽に内観法や輭蘇の法を教えられたとするこ とについては、伊豆山格堂氏は、「興味深く広く世間に訴えるために、 当時かなり有名であった白幽から親しく授けられたものの如く物語風 にして書いたのである。 白隠は創作家としての才能にも恵まれていた」 としておられます(同書、114頁)。 詳しくは『 白隠禅師 夜船閑話』の 巻末にある「解説」を参照してください。 因みに、 『定本 良寛全集』には、「「白幽」は雄渾な筆致で知られ る書家で、京都の山中に住み、『老子』と『金剛経』を愛読し、詩人石 川丈山の師友であった。 宝暦6年(1709)己丑8月9日に死去。 200余 歳ともいう」とあります(同書、201頁)。 12. 書名『夜船閑話』について 白隠の『夜船閑話』という本の名前についても、伊豆山格堂氏は次の ように言っておられます。 「書名は、夜船 (よぶね) の乗り合い衆のむだ話という意味であるが、 「夜船 (やせん) は、或いは「白川夜船 (しらかわよぶね) 」の語に掛けたもの かも知れない。 人に京の白川の事を問われた、知ったかぶりの男が、白 川を川の事と思い、夜船 (よぶね) で通ったから知らぬと答えたという話 がある。 もしその含みがあるとすれば、白川の仙人白幽子には会った事 はないが、会ったことにして書いた咄 (はなし) という意味が、『夜船閑 話』という書名にあるわけであろう。 」(『 白隠禅師 夜船閑話』114頁) 13. 上記の伊豆山格堂著『 白隠禅師 夜船閑話』の序に、<良寛和尚も山田 七彦 (良寛の甥馬之助の妻の実家主人) 宛ての手紙で「白幽子伝弥 (いよいよ) 御 つとめ被遊候哉 (あそばされそうろうや)。 野衲 (やのう・野僧。 私) は彼 (か) の 法を修 (しゅ) し候故か、当冬は寒気も凌ぎやすく覚 (おぼえ) 候」と言っ ている。 白幽に著書はない。 良寛は『夜船閑話』を読んで内観・軟蘇を 実践し、人にも勧めたと思われる>とあります。 今、『定本 良寛全集』第3巻(中央公論新社、2007年)によって、 その手紙(書簡番号121)を引いておきます。 (同書、200-201頁) 歳寒之時節、御清和に御凌被遊候や。 白幽子伝、弥御つとめ被遊 候哉。 野衲は彼の法を修し候故か、当冬は寒気も凌ぎやすく覚候。 有詩云。 紛紛莫逐物 黙黙宜守口 飯喫腸飢始 歯叩夢覚後 令気常盈内 外邪何謾受 我読白幽伝 聊得養生趣 七彦老 良寛 漢詩の読みを引いておきます。 紛紛 (ふんぷん) 物 (ぶつ) を逐 (お) ふこと莫 (なか) れ 黙黙 (もくもく) 宜 (よろ) しく口 (こう) を守るべし 飯 (いひ) は腸 (はら) 飢ゑて始めて喫 (きつ) し 歯は夢覚 (さ) めて後 (のち) に叩 (たた) く 気をして常に内に盈 (み) た令 (し) めば 外邪 (ぐわいじや) 何ぞ謾 (みだ) りに受けんと 我 白幽伝 (はくいうでん) を読み 聊 (いささ) か養生 (やうじやう) の趣 (おもむき) を得たり (注記)『定本 良寛全集』 (内山知也・谷川敏朗・松本市壽 編集)に は、 「七彦は、白幽の伝記を書き記していたようである。 良寛も七彦 に刺激されたか、あるいは「輭酥の法」をすすめられたかして、 実行してみた。 そこで七彦に対し、謝礼を含めた詩簡を送ったの である」とあります。 (201-202頁).

次の

이름없는(無名) 블로그 : 투극'08 1日目 결과

ばく さいとう ほ く 天童

237• 276• 314• 305• 282• 300• 300• 246• 248• 112•

次の